混沌と黎明の横顔

第17章:水面《みなも》の面影 2

 館への帰途でソージンを見送った後、ジャムシードとサキザードの間には奇妙な沈黙が落ちていた。家族の気安さでもなく、赤の他人の如きよそよそしさでもない。お互いを探り合いながら、どこかで遠慮がある空気だった。
「あの! 公女さまの、具合はどうなのですか? 何か処置をしなくてもいいのでしょうか。もしそうなら早いほうが……」
 サキザードが視線をオロオロと彷徨わせながら兄に呼びかける。沈黙に耐えられなくなったのは弟のほうが先だった。ジャムシードは散漫な意識を集中させることに忙しかったのである。
 意識下でファレスに呼びかけ、周囲の状況を確認しながら馬車の進む道を指示していたものだから、サキザードの沈黙に途方に暮れながらも後回しにしていたのだ。こうして注意を喚起されると、弟を急に意識してしまう。
「あ、ああ。えぇっと。たぶん薬を嗅がされているだけだから、今すぐに処置しなければならないようなことはなかったと……」
 そこまで口にしておきながら、ジャムシードはふと口をつぐんだ。公女に薬を中和させる丸薬を飲ませたかどうか思い出せなかったのである。あの薬を飲まないままだと回復に時間がかかるのではなかろうか。
 懐から袋を取り出して中身を覗いてみたが、元々どれくらいの数の薬が入っていたのかを覚えていないだから意味がなかった。
 今ここで飲ませたほうがいいか。それとも、もし先に飲んでいたら、飲ませすぎで身体に害が出るのか。その辺りのことを聞きそびれたことが悔やまれた。
 眉間に皺を寄せて思い出そうと唸っていると、サキザードがそろそろと近づいてくる。兄を見ているわけではなく、眠りの中ですら苦しげな公女の寝顔を注視してた。痛ましそうな表情に彼の同情心が透けて見える。
「おつらそうです。何か苦痛を和らげる方法はないのでしょうか?」
 いよいよサキザードの眉が下がり、我がことのように苦しげな顔つきになる。その表情を見ていたジャムシードの記憶が急に甦ってきた。
「あっ! しまった。公女さまに薬を飲ませてない!」
 慌てて袋から丸薬を取り出すと、眠る公女の口許に薬を押しつけて飲ませようとする。がしかし、悪夢にうなされているフォレイアは頑として口を開こうとしなかった。さらに薬を払いのけようとまでする。
「公女さま。頼むから起きてくれ。この薬だけでも飲んでくれないか」
 小さく身体を揺すってみたが、それで起きるようならとうに意識が戻っているだろうことはジャムシードにも判っていた。
 公女を屋敷から連れ出すことばかりに気を取られ、肝心の薬を飲ませ忘れていたとはなんたる失態であろう。これで彼女の回復が遅れるようなことになったら、悔やんでも悔やみきれない。
 意識がない状態で薬を飲ませることには抵抗があるが、無理にでも飲ませるしかなさそうだ。混濁した意識のままではろくな夢を見ない。うなされている公女を助けるためにもなんとかしなければ。
「もうすぐ館に到着します。そこで薬を飲ませたほうが……」
「今飲ませるか後で飲ませるかの違いは、悪夢からどれだけ早く解放されるかの差だろ? だったら一刻も早く飲んでもらわないと。薬が見せる夢などろくなものじゃないんだ。そんなものに囚われていては心が病んでいく」
「ですが、どうやって飲ませるんです。公女さまの意識はないのですよ」
「飲ませるさ。どんな手段を使ってでも」
 膝枕をしていたフォレイアの頭を腕に抱え、ジャムシードは掌中の丸薬を口に含んだ。視界の端に弟の怪訝そうな表情が映ったが、それを無視して彼は公女に口づけ、舌で彼女の唇をこじ開けて薬を押し込んだ。
 フォレイアが苦しげにもがく。それを押さえつけ、彼女が薬を嚥下するまで口づけを続けた。傍らにいるサキザードから動揺が伝わってくる。次に顔を上げたとき、きっと弟の顔をまともには見られないだろう。
 公女の喉が鳴り、丸薬が飲み込まれことが確認できた。腕の中の細い身体が微かに震えている。恐怖に竦んでいるフォレイアの様子に罪悪感を覚えつつも、ジャムシードは彼女を抱き寄せて「大丈夫だ」と囁きかけた。
「なんて無茶なことをっ。あなたには奥方がいるのに!」
 サキザードの呻き声にジャムシードは僅かに顔を上げる。
「ハムネアのことを言っているのか? 彼女は俺の妻ではないよ。俺が砂漠を出た時点で関係は終わっている。彼女の今の夫は大族長の息子だ」
「だからって! 先ほど言われたばかりでしょう! 公女さまの名誉を傷つけるような真似は控えてください」
 引きつった声を上げる弟が滑稽にすら思え、ジャムシードは苦笑を漏らした。それがいけなかったのだろう。サキザードが怒りの唸り声をこぼした。
「あ、あなたという人はっ。こんなことが噂に上がったりしたら……」
「だったら口をつぐんでいてくれ。俺は喋る気はないし、お前が誰にも漏らさなければ噂が広がることはない。……そこの御者も、な」
 幌の外で馬を操る男は今のやり取りに気づいている様子はない。あるいは気づいているからこそ無視を決め込んで、関わり合いになろうとしないのか。
わたしが話すはずがないでしょう! よくない噂が立てば公女さまの評判だけでなく、あなたの仕事にも影響が出るかもしれないのに」
「それを聞いて安心したよ。俺の仕事の評価はともかくとして、悪戯に公女さまを他人が批評するさまなど見たくはないからな」
 サキザードが眉を寄せ、公女と兄を見比べた。何か言いたげだが訊いていいものかどうかと迷っている素振りである。
「何を訊きたいんだ? 言わずに想像だけ巡らせていても解決しないぞ」
 ジャムシードの問いに弟がなんとも言えない表情を浮かべた。
「随分と公女さまのことを高く買っていらっしゃるんですね」
「彼女は敬われてしかるべき存在だよ。俺のタシュタン地藩での仕事は彼女の助力なくしては成功しなかったし、これからも力添えが欲しいんだ」
「仕事に影響するから公女さまを助けたのですか? 炎姫公の娘だから?」
 ジャムシードはサキザードの問いに呆気に取られたが、すぐに苦笑いを浮かべながら首を振った。弟が意外と俗なことを考えていることに驚いたのである。
「俺が公女さまを助けた理由が彼女の権力目当てだと? 世間ではそういう見方をする連中もいるだろうな。でも俺は彼女を大切な友人の一人だと思っているだけだ。お前ならどうする? 友人の危急に駆けつけはしないか?」
「ただの友人だと? ですが世間はそうは思わないでしょう。今の行為を世間が知れば。異性間の親密さは下司な噂の的にしかなりませんよ」
「随分と辛辣だな、サキザード。お前の記憶の底には男女問題でよほど苦い想い出が眠っているのかな? 今のお前からは俺や公女さまに対する嫌悪を感じるんだけど。……何か思い出せそうなのか?」
 サキザードの表情が強張る。彼は自分でも思いがけないことを指摘され、どう受け止めていいか判らずにいるらしかった。
「若旦那! 坊ちゃんも。館に到着しましたよ。馬車を裏に回しますからね」
 御者の呼び声で会話が中断する。サキザードはあたふたと離れていった。
 今のジャムシードの問いに対する答えは、まだサキザードの中にはないのだろう。記憶がない以上、それは仕方がないことだが、意識のどこかにしみついている感覚が彼の言葉に一定の方向性を持たせていることだけは判った。
 弟の記憶が戻って欲しい思いと戻って欲しくない思いがせめぎ合っている。どこかで決着をつけねばならないことだが、今から気が重かった。
 腕に抱いた公女が身じろぎする。その気配で物思いから引き戻されたジャムシードは恐る恐る彼女の顔色を確認した。薬の効きが悪かったらどうしよう。そんな不安ばかりが押し寄せてくる。
 ぼんやりと薄目を開けたフォレイアが視線を彷徨わせるが、目の前にいる人物すら認識できないのか、互いの視線はまったく交わらなかった。
 再び瞼を閉じた公女が何かを囁く。それを聞き取ろうと耳を寄せた。
「真実は、いったい……どこ、に?」
 言葉は聞き取れたが意味は不明である。何が言いたかったのだろう。
 だが聞き返そうにも公女は先ほど以上に深い眠りの底に沈んでしまったようだ。死んでいるようにすら見える顔色の悪さだったが、規則正しく上下する胸が彼女の命が無事であることを伝える。
「今は眠ればいい。でも必ず戻ってこいよ、公女さま」
 館の裏へ辿り着いたらしい。馬車の車輪がたてる音が微妙に変化し、低くこもった音になった。外に眼を転じる間もなく御者が到着を告げる。
 公女の全身を覆ったシーツをしっかりと巻き直し、ジャムシードは細身の身体を静かに抱き上げた。寝顔を人前にさらすことにフォレイアは抵抗があるだろう。そう思っての配慮だったが、ジャムシードは彼女の寝顔を自分以外の他人が見ることへの苛立ちがあることを薄く自覚していた。
 先に荷台から降りたサキザードが素早く足台を用意して兄の手助けをする。それに頷きで礼をしたが、公女の顔が覗き込める立ち位置は取らなかった。
 先ほどの幌内で弟を公女に近づけたのは不可抗力だ。いや、ソージンが極力フォレイアの顔を直視しないよう気を使っていたので油断していた。弟もそれに倣ってくれるだろう、と。だがすぐに意志疎通ができるはずがないのだ。
 公女の世話に関しては、たとえ実の弟でもこれ以上は許す気はなかった。彼女の世話はごく限られた人間だけに絞ろう。それも信用の置ける女性のみだ。
 つらつらと考えながら、ジャムシードは貴賓が泊まる部屋へと急いだ。




 手にしていた剣を放りだし、アインは髪をくしゃくしゃと掻き回した。うなり声が漏れるのを我慢できる状態ではない。
 なんということだろう。迂闊だった。こんな間近にいたなんて!
「どうしたらいい? シードを近づけては駄目だ。そんなことをしたら……」
 にゃおん、と足許で甘い鳴き声がした。その声の主に視線を走らせたアインは、キラキラと光る瞳をじっと凝視する。
「やはり、離れるしかないのか? いや、でも、今となっては離れても意味がないかもしれない。意識を固定されてしまった今となっては……」
 顔が引きつるのはどうしようもあるまい。ジャムシードに未練を断ち切れと言い続け、彼も実際のところ執着心など起こしていなかったのだ。今までは。
 人の世に未練など残さず、時期が来たら旅立つつもりだったのに。今のジャムシードの中に執着心が生まれようとしている。それも彼自身の感情によるものではなく、第三者から介入される形で、だ。
「忌々しい! なんということだ。ファーンは知っていたのか? 知っていてけしかけているのか? それとも知らずに手渡したのか?」
 コクリと首を傾げ、大きな瞳をいよいよキラキラと輝かせた子猫がヒクヒクと髭を震わせながら、再びにゃおんと甘え鳴く。
「ファーンのおじさまはいつも計算で動くのよ。大叔母様にガミガミ言われても変わらないわ。だから偶然ではないと思うの。だって、おじさまはたくさんの秘石を持っているのに、あなたに手渡したのは“青水晶の剣”ですもの」
 アインは眼を大きく見開き、目の前に鎮座する子猫を見つめた。
「お前、話し方がまともになっていないか? 前のあれはいったい……」
「成長期なの。学習能力が格段に高まっている時期に入ったみたい。まだまだ身体は子どものままだけど、そのうちに大叔母さまみたいに大きくなるわよ」
 猫の成長速度など知らないが、それよりも絶対に早いことは間違いない。もしかしたら成長速度も気まぐれな一族かもしれない。
「それより、早く手を打たないとまずいのではないの? あなたはまだ青水晶を手放せない。なのに、あなたと宿主をつけ狙う存在から宿主を守る必要がある。そんな状況なのに、彼の間近にはあの人がいる」
 その通りだ。だが決心がつかない。何を優先すればいいのだろう。やっとジャムシードと向き合えるようになった今、関係を悪化させたくなかった。
 ノロノロと腕を伸ばして剣を拾い、アインは深いため息をつく。胡座をかいて刀身を抱きかかえる彼の横顔はひどく疲れた色を見せていた。
「何も憂えぬ時代であったなら応援してやれたのだがな。あぁ、いや。そのような世であったなら、こんな事態には陥っておらぬか。なんという因果な成り行きであろう。私はジャムシードに不幸しかもたらさぬ」
 俯き呻くアインの膝に前脚をかけ、黒い子猫がミャアミャアと鳴く。飼い主にかまって欲しくて甘えているようにも、落ち込む主人を慰めているようにもとれる、可愛らしい仕草だった。が、子猫の視線は反対にひどく冷静である。
「嘆きからは何も生まれないわよ。こうしている間にも宿主の意識は変わっていくし、融合は加速するのでしょう? そこにあなたが取り込まれるわけにはいかないわ。そのためにファーンのおじさまはわたしを寄越したのだもの」
 ゆっくりとアインの視線が子猫を捉え、同じ黄金の輝きを放つ瞳の奥底の思惑を探った。しかし愛くるしい仕草で首を傾げる幼い猫から、背後に控えているであろう放浪者ファーンの真意を確かめるのは不可能だった。
「ファーンがジャムシードの意識を青水晶の兄弟石に向けられるよう仕向けたのはなぜだ? そんなことをしても後でシードが苦しむだけではないか」
「さぁ? ファーンのおじさまにはその必要があったのでしょうね。大叔母さまなら判るかもしれないけど、わたしには読み解くのは無理よ」
 期待はしていなかったが、予想通りの返事にアインは肩を落とす。再び深いため息をつき、彼は己の額を冷たい剣の柄に押し当てた。
「やり遂げるべきことに犠牲を払う覚悟を決めていたつもりだった。だが、それが単なる“つもり”であって、本当の覚悟ではなかったのだと何度思い知らされたことだろう。そのたびに私は私自身が嫌いになる」
 アインの膝に前脚と顎を乗せた子猫がヒクヒクと髭を蠢かす。細められた瞳が憂える精霊ディンの出方を静かに待ちかまえていた。
 長い永い沈黙の後、アインは静かに顔を上げ、そのまま虚空を見上げる。何もないその空間に浮き上がる彼の白い顔は泣き笑いの表情を浮かべていた。
「束の間の甘い夢を見ることは怠慢だろうか。それともそんな夢を見てしまっては、この後に待つ試練はただ苦いものでしかないだろうか」
 それでも、と絞るような声で虚空に向かって囁き、アインは口許を歪めた。
「私は、ジャムシードが幸せであって欲しいのだ。……叶うならば」




 遠くから届いた揺らぎにリーヴァ・セラは困惑して顔を上げた。よく知っている波動が混乱と嘆きに沈んでいる。深い場所で繋がっている存在が今、ひどく脆い状態になっているのが信じられなかった。
 ──マーヴェ? いったい何があったのだ? 何を苦しんでいる?
 王太子に連れられていつもの原生林に戻る途中であったため、傍らを歩くヤウンも毛獣バウの異常が判ったようである。が、こちらを気遣っているのか何も問うことはなかった。
 ──マーヴェ、まだ我の声を遮断しているのか? そちらの結界を解いてもらわねば、我からお前の状態が見えないのだぞ。いったい何があったのだ!
 こちらの声はかろうじて聞こえているはずである。それなのに相手からの返事はなかった。返事をする余裕がないのか、頼る気がないのか、それすらリーヴァ・セラには判らない。それが腹立たしかった。
 グルルと猛獣の喉が鳴る。制御している獣は思った以上に従順で、リーヴァ・セラが懸念したような暴走は起こりそうもない。それはありがたいことであったが、魔力を無駄に消費してしまった今、この器に閉じこめられ、マーヴェ・ファレスを助けに行くことも叶わないのが痛かった。
「ターナ? 具合が悪いのかい?」
 歩みが遅くなった猛獣の瞳を覗き込む王太子の表情は不安げなものである。その頼りなげな表情を見てはすげなくすることもできなかった。
 毛獣の鼻先を仮初めの主人の頬に擦りつけ、安心させるようにうなり声をあげる。それだけのことでも嬉しそうに微笑まれては、今までのようにヤウンとの距離を保っていられるか判らなかった。
「しばらく君と逢えないなんて淋しいよ。護衛にソージンをつけるから、明日も逢いにいいかい? それにね、急に僕が君に逢わなくなると王宮の者たちが色々と勘ぐってよくない噂を流すかもしれないし、ね?」
 こちらにも問題は発生していた。サルシャ・ヤウンの不安につられて魔力を提供したことにより、己の幻体が保てぬほど魔力を失ってしまったのである。
 毛獣を御す魔力が残っているか判らなかったため、王子には近寄らぬよう警告したのだが、それが余計に不安を煽ってしまったようで、こちらの小さな変化を敏感に感じ取り、今まで以上に距離を縮めてくるのだ。
「魔力が不安定な期間がそれほど長くないのなら問題はないと思うけどな」
 小首を傾げ、甘えているような仕草で問われては、駄目だと切り捨てることも躊躇われる。下手に拒絶しようものなら、今のヤウンの心理状態ではいらぬ不安を煽って、ひどい混乱を招いてしまう心配があった。
 ──困ったことになった。魔力が安定しない状態で踏み込んでこられると、こちらのことを色々と知られてしまうことになりかねん。精霊ディンの生態はできるだけ秘されていなければならないのだが……。
「ねぇ、ターナ。それでいいよね? 僕は決めたよ」
 宮殿を出て原生林へと向かう王子の足取りは軽かった。明るい表情の若者に否定の意志を示すことができず、リーヴァ・セラは俯きがちに歩を進める。
 隠し事は苦手なだけに不安を拭いきれなかった。聡い王太子が精霊や核のことを知れば、今までに起こった事象から一族の秘事を暴いてしまいそうだ。
 そんなことになれば一族の秘密を守るためにヤウンの記憶をいじらねばならない。最悪、彼の命を取らねばならないかもしれないのだ。
 そんな状況に陥ることは避けたい。後味が悪すぎて背筋が寒くなる。
 ──それでなくても時期が来たら核をえぐり出せとアジェンティアから命じられているというのに。それを実行する口実を与えないでくれ。
 血塗れになって倒れるサルシャ・ヤウンを想像し、リーヴァ・セラは震え上がった。なんというおぞましい光景であろう。
 人間を主人と仰がねばならなくなったときは腹立たしさが先に立ち、ヤウンを案じるようになるとは思わなかった。率先して殺してやろうとしていたのに。
 ──我はどうしてしまったのだろう。人間はデラを殺した種族だというのに、なぜヤウンを殺したくないなどと考えるのか。
 たてがみを撫でる王子の指先を心地よいと感じ、微笑みながら身近で起こったことを報告する声を聞いて浮き立つ自分が信じられなかった。
 髪を撫でられながら甘え、物語を紡ぐ声に微睡んでいた相手はデラだけだったはず。そのデラを殺した男の地位を継ごうとしている若者に同じ様な安息を見いだすなどどうかしている。そんなことは赦されない。
 きっと近くにいるからだ。ずっと独りだったから、間近にいる者に寄りかかろうとしているのだ。これからは遠ざけておかねば。
 そう心に誓いながらも、リーヴァ・セラはたてがみを透く指先の心地よさに気が緩む自身の惰弱さを呪い、内心で悪態を突き続けた。