石獣庭園 -Wing on the Wind-

オリジナルのファンタジー小説をメインに掲載中

Last Modified: 2025/01/22(Wed) 19:55:31〔53日前〕 RSS Feed

No.21 (ランダム表示)

第十五話:ニューロン

No. 21 〔24年以上前〕 , 黒竜街道物語 , by otowa NO IMAGE

 あぁ、腹立たしいったらありゃしない!
 アーシェリアはブツブツと不平を鳴らしながら地上車(ランドカー)の後部座席に埋もれていた。
 十六の頃に出逢った男のことが二年経った今でも頭の隅にこびりついている。あんな不愉快な男は忘れてしまおうと頑なになればなるほど、出逢ったときの白い横顔が鮮明に浮かび上がってくるのだから腹立たしい。
 彼女の若くて性能のいいニューロンとシナプスはどういうわけか忘却という神の恩寵を拒絶しているらしく、非日常的な空想を始めるといつもその男のところに縫い止められてしまうのだった。
「今日こそキッチリとけじめつけてやるんだから」
 十八になった今日、アーシェリアはその腹立たしい幻影に別れを告げるため、二年前のあの場所へと向かっていた。
 ハイヤーがうらぶれた路地の入り口で止まると、彼女は豹のように素早く優雅に路面に降り立ち、興味津々な様子で客を伺う運転手に適当なチップを払って追い払った。
「さてと、この黒い路地の奥だったわよね」
 貧民層の居住区にほど近い場所の一人歩きは危険だったが、使命に燃えているアーシェリアはその重要性を失念していた。足取りも荒々しく路地を進むにつれて辺りは薄暗くなっていったが、彼女はかまうことなく先を急ぐ。
 しかし、年若い娘が通り抜ける場所には相応しくないことは、さすがの彼女も一応は自覚しているようだ。目指す場所が見えるまで脇目もふらずにズンズンと進んでいく。
 第三者が声をかける隙を与えない態度は見事だった。もっとも、この近辺の住人に言わせれば、それでも考えが甘いと言うことだろうが。
 この日、彼女は人生最大の幸運に恵まれていたのかもしれない。
「酒場に入れる年齢まで待ってやったんだから、絶対に見つけるまで通い詰めてやる!」
 目の前に建つ薄汚れた建物を見上げ、彼女は優秀なニューロンを忙しく働かせていた。以前と変わらぬ雰囲気の佇まいだとの記憶の声に、彼女は自分が目的地に到着したことを知った。
 戦闘開始とばかりに店の扉を開けて店内へと滑り込んだアーシェリアは、薄暗い酒場の照明にギクリと立ち止まるしかなかった。目が暗さになれておらず、店内の客たちがただの黒い影にしか見えない。
 何度か目を瞬かせ、ようやく周囲の状況が判ってくると、彼女の耳に店内の喧噪が飛び込んできた。と同時に、カウンターでシェーカーを動かす紅髪の男の姿が目に入る。
「ヴィーグ……。まだここにいたんだ」
 炎のように燃える髪を見るまで、アーシェリアは若いバーテンのことを忘れていた。入れ替わりの激しい雇われバーテンが二年経った今でもこの場所にいるとは思ってもみなかった。
 だが、そんな感嘆に浸る間もなく、彼女は探し人を見つけようと店内を見回す。しかし、その肝心の探し人は、薄暗い隅に紛れ込んでいるのか、今日は来ていないのか、彼女の瞳では見つけだすことはできなかった。
 すぐに見つかるとは思っていなかったが、アーシェリアの胸に失望が広がった。だが、それを表情には表さず、彼女は滑るような足取りでカウンターへと向かう。
「久しぶり、ヴィーグ。カクテルを作ってくれる?」
 チラリと彼女の表情を覗いたバーテンが薄い笑みを口元に浮かべた。
「いらっしゃい。二年ぶりですね。ようやくこの国でお酒が許される年齢になったというわけですか」
「そうよ、偉いでしょ。ちゃ~んとおじいさまの言いつけを守ったんだから」
「アッサジュ・パルダ教授がお聞きになったら泣いて喜ばれるでしょうね」
 さりげない口調に嫌味を感じ、アーシェリアはムッと眉を寄せる。が、すぐに取り澄ました表情を作ると、二年の間に学んだ忍耐力を駆使して宛然と微笑んで見せた。
「こんな治安の悪い場所へくるとはって? おじいさまだって出入りしているんだから、わたしだって来てもいいはずよ」
「若い女性が出入りする場所に相応しいところではないのですがね」
「わたしは客よ。どの店に入るかはわたしが決めるわ!」
「面倒はご免ですよ、アーシェリア」
 バーテンが彼独特の氷色の瞳を細める。元から表情の少ない彼だったが、目を細めるとさらに冷たい印象を与えた。その態度が気に入らず、アーシェリアは胸を張って相手を睨み返した。
「あら、わたしだって護身術くらい身につけているわ。心配ご無用よ」
「マシンガンやレーザー銃を持っている相手に、お嬢様の護身術が通用するとでも思ってるのか? 呆れ果てた向こう見ずだな」
 アーシェリアはハッと身を固くした。目の前の若者とのやり取りに気取られていて、背後から近づいてくる男の気配に気づかなかった。なんという不覚。
「女と見ればひん剥いて弄びたがっている輩がウヨウヨいる場所で偉そうに講釈を垂れるとは、二年前と変わらず無知な奴だ」
「な、なんですってぇ~!?」
 勢いよく振り返ったアーシェリアの目の前に暗緑の光を湛えた闇があった。
「あ、あなた……! いつの間に……」
 彼女の脳内でニューロンが暴走し始める。見つけた、見つけた、見つけた。
 あまりにアッサリとした再会に、彼女の内心は混乱の一途を辿る。何日も通い詰めなければ逢えないだろうと思っていたのに、店内に入ってから十分に経たないうちに逢えるとは予想もしていなかった。
 心の準備ってものを考えなさいよ!
 アーシェリアは内心で毒づいたが、相手の男はまったく意に介した様子もなく彼女の左隣に腰を落ち着けた。
「ヴィーグ、蜂蜜酒(ミード)はあるか? 今夜はやけに飲みたい気分だ」
 承知しました、と店の奥へ引っ込むバーテンを見送った後、アーシェリアは信じられない思いで隣の男を見つめた。
 二年前と同じように白い横顔を彼女にさらす男は落ち着き払っている。真っ白な髪も、その左前髪だけ長いところも、白人種特有の乳色の肌も、何一つ変わっていない。もちろん、鋭い闇を湛えた暗緑の瞳も。
 静かにカウンターに戻ってきたバーテンが、男の前に音もなくグラスを置いても、彼女は隣の男から視線をそらせないでいた。
 白く長い指先がグラスを持ち上げ、皮肉げなカーブを描いた唇で中身の液体を飲み干しいくと、彼女の視線はその唇と上下する喉仏に注がれた。
 薄暗い店内に浮き上がる男の姿はどこかで見た映画のワンシーンのように無駄がない。今にも監督の「カット!」の声が聞こえるのではないかと、アーシェリアは息を潜めて相手の動きに魅入られていた。
 その間にも、彼女の脳を支配するニューロンたちは忙しく働き続け、目の前に繰り広げられる映像を正確無比に記録していく。
 あぁ、きっとこの横顔は一生忘れられないに違いないわ。
 いつの間にかバーテンが目の前に置いていったカクテルグラスの中では、グラスポッパーが照明の照り返しに光り、冷たい雫をカウンターに落としていたが、アーシェリアはまったく気づいていなかった。
「お嬢ちゃん、俺の横顔はそんなに面白いか?」
 意地の悪い笑みが男の唇に浮かんだ。そして、嘲笑うような暗緑の視線がチラリとこちらに向けられる。
 心の奥底まで暴き立てられたような気分になり、アーシェリアはビクリと肩を震わせたが、呆然としていた脳が復活するや否や、彼女はいつも通りの毅然とした態度で肩をいからせた。
「別に。今どき蜂蜜酒を飲みたいなんて変わってると思っただけよ」
「黒竜街道から帰ってきたときはいつもこの酒だ。この店にはどんな酒でもおいてあるしな」
 男はグラスを軽く持ち上げ、バーテンに二杯目の酒を要求する。その仕草でさえ絵になっていて、アーシェリアは再びクラクラと目を回した。
 もう彼女の脳内ニューロンたちは過度の労働にてんやわんやだった。
「こ、黒竜街道って……お伽噺の?」
「お伽噺? あぁ、その街道もあるな。だが、俺が言う黒竜街道は幻じゃない。この惑星(ほし)のどこかにある道だ」
「どこに……?」
「そう簡単に教えるとでも? 俺たちの世界は俺たちのものだ。お嬢ちゃんみたいなガキにそうそう教えるわけにはいかんな」
「ガキじゃないわよ。もう十八だもの!」
 アーシェリアの小さな叫びに男はクックッと喉で笑う。彼女はムッとし、目の前に置かれたカクテルを勢いよく煽った。酒が飲めるようになったのだと、この男に見せつけてやりたかった。
 だがしかし、相手の男はチラリと横目でその様子を見つけ、先ほど以上に意地の悪い笑みを浮かべた。
「出された最初の一杯目を意味もなくがぶ飲みする奴に本当の酒の味は判らん。ガキが粋がって飲んでるだけだな」
 喉を焼くアルコールをなんとか呑み込んだアーシェリアだったが、男が二杯目のグラスを勢いよく干し、静かに立ち上がった気配に身を固くした。たった二杯のアルコールで出ていってしまうのだろうか。
「あの……もう行くの?」
「俺がどこへ行こうと関係ないだろう。帰りはヴィーグにハイヤーを頼んでもらえ。お嬢ちゃんに何かあったら教授が困る」
「おじいさまは関係ないでしょ!」
「俺にはある。教授は俺の大事な客人だからな。今度来るときには、チップを倍にして店の前にハイヤーをつけることだ。それができないのなら、お前みたいなガキがこの店に入るんじゃない」
「何よ、偉そうに! あなた何様のつもり!? わたしは来たいときにここに来て、好きなようにお酒を飲むのよ!」
 目をつり上げるアーシェリアの目の前に、再び暗緑の瞳が降りてきた。その暗緑の闇が彼女の視界いっぱいに広がる。
「うるさいガキは嫌われる。少しは学習しろ、お嬢ちゃん」
 頬と唇の上に温もりが宿った。次いで、鼻腔を刺激する酒の匂い。
「反応なしか? やっぱりガキだな」
 ぐるぐると蠢くニューロンたちが今の感触を脳内に放り込み、彼女の混乱に拍車をかける。
 一瞬の出来事に唖然とするアーシェリアを残し、男は背を向けて去っていった。彼女は為す術もなくその背中を見送るしかなかった。

〔 4076文字 〕 編集

■複合検索:

  • 投稿者名:
  • 投稿年月:
  • #タグ:
  • カテゴリ:
  • 出力順序:

■メール


編集

■カレンダー:

■最近の投稿:

■日付一覧:

■日付検索:

■ハッシュタグ:

  • ハッシュタグは見つかりませんでした。(または、まだ集計されていません。)

■新着画像リスト:

全0個 (総容量 0Bytes)

▼現在の表示条件での投稿総数:

1件