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薫の声に押されるようにして鏡の壁が内側へとゆっくり開いていった。どうやら壁の鏡はマジックミラーになっていたらしい。ぽっかりと空いた空間からもさもさの髪と無精ひげを生やした男が歩み出てきた。
「薫~。お前さぁ、説教が長ぇよ。徹夜続きのオレの身にもなれよなぁ。危うく寝ちまうところだっただろ。……ほらよ。パスワードの解除のついでに見つけたやつだ。そこのお嬢ちゃんなら、この資料がなんなのか判るんだろ?」
今までの緊張感を吹き飛ばす、眠気いっぱいの声とあくびが無精ひげの間から漏れる。薫が再び苦笑いを浮かべながら、男の差し出したディスクを受け取った。
「悪かったわね。誠二の仕事はこれで終わり。奥に行ったついでに、昼寝してる奴らを叩き起こしておいてよ」
「あいよ~。んじゃ、一眠りしてくるわ」
男はヒラヒラと手を振りながら階段をあがっていくが、蓮華は最後まで見送るようなことはせず、男から薫へ、そして桜華へと手渡されたディスクをまじまじと見つめた。
「なんですか、これ?」
不審そうに眉をひそめた桜華が首を傾げながら薫を見上げる。その桜華に「開けてみれば?」と薫が壁の一角を指さして言う。壁は一面に鏡が押し込められており、その奥に何があるのかまるで見えないのだが。
桜華は渋々といった顔つきで蓮華の脇をすり抜けると、鏡の壁の隙間に指先を差し込んだ。
すぐに小さなモーター音が響き、続いて壁の一部がスライドすると、チカチカと点滅を繰り返す機器類が姿を現した。たぶんこの施設のコントロールパネルの一部だろう。
桜華は馴れた手つきでパネルを操作すると、手にしていたディスクを機材のなかに押し込んだ。一瞬の沈黙のあと、キュルキュルと摩擦音が響いてパネルが新たな光点を瞬かせる。
じっと黙ったままその作業を見守っていた全員が、ふと気配を感じて振り返ると、コントロールパネルの反対側の鏡壁に光幕と呼ばれる立体映像を投射する光が天井から降り注いできた。
自動的に再生されるようになっていたのだろうか? ディスクから読み込まれたデータが光の幕に反射し始めた。次々に浮き上がっては消えていく膨大な文字、文字、文字。目で追うには不可能なスピードだ。
スクロールし続けていた画面が消えると、光は一瞬の沈黙のあとに、今度は別の形を取り始めた。
「お父さん……!」
桜華の声はまわりの少年たちのどよめきに掻き消されそうだった。辛うじて蓮華の耳に届いた彼女の声は、ひどくか細くて哀しい色をしている。
目の前の立体映像は一人の男の姿を作り上げていた。
蓮華には桜華の叫び声を聞くよりも早く、それが誰であるのか判っていた。桜華の父、葛城梓一郎だ。いや。桜華だけではない。自分にとっても義理とはいえ、父親であった。母、菖蒲の元から去っていくまでは。
梓一郎と菖蒲との結婚は最初から破綻していた。一族の者によって無理に進められた縁談であったと聞いている。彼らの間には愛情などなかったのだから、それは致し方のないことだった。
菖蒲が梓一郎との間に子どもを作ることを拒否し続けたために、一族の者がむりやりに人工授精を施し、菖蒲が胎児を殺さないようにと代理母をあつらえるという具合だったと聞いている。
しかも、生まれてきた子どもを菖蒲は疎み、一族の後継者が誕生したことで役目を終えたと梓一郎は遠ざけられるようになった。天承院という一族はなんという残酷なことをするのだろうか。
蓮華は、母である菖蒲と義理の父である梓一郎との確執の矢面に立たされた義妹の横顔を盗み見た。青ざめた桜華の横顔は強ばり、怒りとも絶望ともとれる複雑な表情を作っていた。
義妹の視線を追って映像を見上げると、光のなかの梓一郎はゆったりとした動作で舞の基本形を繰り返しているところだった。
菖蒲との結婚生活の合間に、彼は一人で舞の稽古をしていたのだろうか。この映像は自身の舞の型を研究するために撮影されたもののようだ。
映像のなかの男は隣りに立つ桜華の整った顔とよく似ていた。母が妹を毛嫌いする理由の一つがこの顔立ちだった。桜華の顔を見るたびに不当な扱いを受けた記憶を呼び起こされ、母は彼女に辛く当たり続けている。
桜華を可愛がっていた梓一郎が天承院を去ると、母の桜華への虐待はさらにひどくなった。ついに母娘は引き離され、幼い子どもはこの巨大な天承院の宗家寺院で育てられることになったほどだ。
「薫さん……。父が舞の稽古をしていたことは判りました。でも、だからと言って好きで舞っていたとは限りません。天承院はわたしに舞うことを強要しました。父にも同じことをしたかもしれません」
桜華の固い声に、蓮華は現実へと引き戻された。立体映像の男は相変わらず舞の基本型を稽古し続けている。バスケットコートとその舞姿があまりにもアンバランスで、蓮華にはどちらが現でどちらが幻なのか、一瞬混乱したほどだった。
「解除用のパスワード、二種類あるのよね」
薫の声に桜華の顔が険しくなった。自分の問いかけへの答えとは思えない相手の言葉だ。いったい何を言い出すのか。
「一つはシステムのシークレット部分のもの。ワードは"dear my daughter"、親愛なる娘へってところね。もう一つ。システムの一番奥に格納されていたこのデータのパスワードは"floral girl"だったわ。ねぇ? 舞を嫌っている人間が、わざわざデータにパスワードをかけまで遺したり、そのワードを花娘の英語読みにしたりするかしら?」
唇を噛みしめたまま、桜華が立体映像を見つめていた。十数年前の父の姿だ。彼女にはおぼろげな記憶しかないであろうが、自分とよく似たその顔立ちを見間違えようはずがない。
「全部……花娘を舞うための基礎の型ばかり……」
桜華の小さな呻き声が聞こえてきた。
蓮華にもおぼろげに判ってきていた。目の前の虚像が舞っているのは、花娘を舞うために欠かせない基本形の型なのだと。
「桜華ちゃん……あの……」
蓮華は背後から義妹の背を見つめ、その肩が微かに震えていることに気づいた。桜華のこれまでの認識を根底から覆すような事実だ。動揺するなというほうが無理だろう。
「山の大伯父貴は、花娘を教えるのはわたしで二人目だと言った。一子相伝のはずなのに。一人目は……まさか……」
「花娘は菊乃お祖母様から彼女の兄……今の家元に伝えられたはずよ。家元は私たちのお母様には伝えていないわ。一人目はきっと、お義父様よ」
蓮華はそっと腕を伸ばし、恐る恐る桜華の肩に手を乗せた。
家元にどんな考えがあったのか知らない。だが、本来の後継者であるはずの母ではなく、その配偶者である葛城梓一郎に、そしてその娘である桜華に花娘は伝えられていたのだ。
「どうしてこんなことを……」
桜華の声はまだ震えていた。肩の震えも収まっていない。
蓮華はその震えを抑えようとでもするかのように、義妹の肩においた手に力を込めた。
「家元の考えなんかどうでもいいわ。問題はこのデータが葛城梓一郎が遺していった資料のなかにあって、その正当な後継者であるあんたへと託されていたってことなんだから。彼が培ってきたものは、バスケだけじゃなかったってことでしょう」
桜華の様子を見守っていた薫がようやく口を開いた。
蓮華はぎこちない動きで薫を振り返った桜華の横顔が真っ青なことに気づいてうろたえた。これほど彼女が動揺しているとは。ただでさえ心臓が弱い彼女にこれ以上精神的な衝撃を与えてはいけない。
「桜華ちゃん。結論を急ぐべきじゃないわ。お義父様にどんな考えがあったのか、私たちが正確に理解するのは難しいんだから」
だが青ざめた桜華の顔が自分へと向けられたとき、蓮華は冷たいものが背筋を伝っていく恐怖を味わった。目の前には飢えた獣のような顔をした少女の顔がある。これほど何かに飢かつえている表情を蓮華は見たことがない。
「どうして、お父さんなの? どうし……!」
ビクリと桜華の肩が跳ね上がった。青ざめた顔色が見る見るうちに土気色に変わっていく。あまりの急変ぶりに蓮華の身体は凝り固まって動けない。
「桜華! 駄目よ。ゆっくりと息をしなさい! 息を止めちゃ駄目!」
硬直した桜華の身体を支えたのは主治医である薫だった。桜華の心臓発作に馴れているからだろうか、周囲の少年たちも次々に四方に散り、桜華を横たえるためのマットやら、彼女の薬やら処置機材やらを引っぱり出して駆け寄ってくる。
蓮華はその様子をオロオロと見守ることしかできなかった。話には聞いていたが、桜華の発作の様子を初めて目にした。狼狽えるなというほうが無理なのかもしれない。
「桜華ちゃん……。桜華ちゃん、死なないで……」
周囲の少年たちが一通りの処置を終えて引いていくと、義妹の足下にへたり込んで蓮華はうわごとのように囁き続けた。
「大丈夫よ。いつもよりは軽い発作だわ。すぐに回復するわよ」
取り乱す蓮華をなだめるように薫が振り返って呼びかける。その腕のなかで浅い息を繰り返す桜華の顔色はまだ青白いままだ。だが当初の身体を硬直させるほどの痙攣は収まっていた。
「わ、私が無理なお願いなんかしたから……」
義妹の命に別状がないと判ったのか、蓮華は突然ボロボロと涙をこぼし始めた。安心と悔恨が同時に彼女に襲いかかる。
「それはうぬぼれってものだわね、蓮華。この子の発作があんた一人のせいだなんて思うのは、おこがましいにもほどがあるわ」
泣き崩れそうな蓮華を叱責するように薫が厳しい声をあげた。その声に打ち据えられて蓮華の肩が大きく震え、涙をこぼす瞳を大きく見開いた。
「でも……でも、私が花娘を舞ってくれなんて頼まなければ……」
「あんたが頼んだからじゃないでしょう。桜華の発作は自分が思い込んでいた現実と事実が違っていたことのショックなんだから。まったく。あんたといい、藤見といい、どうしてそう思い上がりも甚だしいのかしらね」
ズケズケと厳しい言葉を吐き出す薫に、蓮華はいっそう狼狽えて俯いてしまった。これまでの人生で、これほどストレートに言われたことなど桜華以外にいない。なんと言って言葉を返せばいいのか、見当もつかなかった。
他の者たちの嫌味は遠回しに囁かれ、小さな切り傷を蓮華の心に与えるばかりだった。あからさまではあるが、薫の言葉にはひねこびた悪意がない。それに蓮華は困惑するばかりだった。
薫の応急処置が効き始めたのか、桜華の顔色が戻ってきた。健康的な肌色とは言い難いが、先ほどの蝋人形を思わせる雰囲気からは脱しただけましというものだろう。
桜華の喉から微かな呻き声が漏れた。呼吸も深く豊かになり、切迫した浅い息遣いはもうどこにもない。朦朧とした意識の底からゆっくりと浮上してきた桜華の瞼が小刻みに痙攣していた。
「桜華。疲れたんならそのまま眠りなさい。どっちみち今日の練習は終わりよ」
薫の低い囁き声に反応して、桜華の瞼が大きく震えた。足下に座り込んでその様子を見守っていた蓮華が、両手を胸の前で固く握り、唇を噛みしめる。
「ごめんなさい、桜華ちゃん。もう困らせないから……。ごめんなさい」
ピクピクと桜華の腕が痙攣したかと思うと、自分の胸元を掴んでいた指が強ばりながら持ち上げられた。
「薫……さん。起こしてください」
か細いものだったが、明瞭な発音で桜華が声を発した。周囲を取り囲んでいた少年たちの口から安堵のため息がもれる。もう大丈夫だと、彼らにも判ったのだろう。
「こっちの心臓に悪いぜ、コーチ」
「ホントだよ。オレたちのほうが先にくたばっちまう」
口々に軽口を叩く少年たちに桜華がチラリと視線を走らせ、一人の少年と視線が合うとじっとその瞳を見上げた。
「赤間。どうしてわたしが舞うことが好きだと思ったわけ?」
険はないが鋭さを伴った少女声に、呼びかけられた少年はばつが悪そうに視線をはずす。だが周囲の仲間たちからも注目されて、しぶしぶといった表情で答えを返した。
「ごめん。覗くつもりなんかなかったんだけど、一昨日の夜、お前がここで一人で稽古しているの見たんだ。稽古が嫌いなら夜中に起き出してまでやらないだろうし……」
少年の答えに桜華がギクリと顔を引きつらせる。その桜華の首をガッチリと締めあげる腕があった。
「桜華ぁ~! 私がきちんと睡眠時間をとれってあれほど言ったのに、言いつけを守ってなかったわねぇっ!?」
「か、薫さん……。ごめんなさい」
頭上からの怒りの声に桜華がたじたじとなる。苦しくはないが、首に回された腕が、視線を相手からそらすことを許さなかった。
「謝ればいいってモンじゃないわよ! 自分で体力すり減らすようなことするんじゃない! いいこと!? 私の言いつけを破ってばかりいると、あんたの大っ嫌いな婆がくたばる前に、あんたのほうがくたばっちゃうわよ!?」
「ご、ごめんなさい」
素直すぎるくらい大人しく謝る桜華に蓮華が目を丸くし、周囲の少年たちがニヤニヤと笑い顔になった。
傍若無人なくらいに我の強い桜華が、唯一頭が上がらない相手がこの薫だろう。鬼のようにトレーニングでしごかれている少年たちには、溜飲が下がる一瞬なのだ。
「以後、気をつけるように。……って、もう何回言わせる気よ、あんたは!」
頭を小突かれながら、桜華は足下にうずくまっている義理の姉を見た。二人の視線が絡み合ったとき、蓮華が口を開きかかる。だが、それを素早く制すると桜華が鏡の壁面を指さした。
「あのディスク、あんたにあげるわ。わたしには必要ないから」
「お、桜華ちゃん?」
義妹の真意を測りかねて蓮華は声を上擦らせた。そんな蓮華の様子に取り立てて注意を払うでもなく、桜華がゆっくりと立ち上がろうとする。
「ちょっと……桜華、何をする気!? しばらくは休んでなさい」
主治医の忠告を無視すると、桜華がまだふらつく足下をおして人垣を掻き分けた。そのまま鏡壁の一角に辿り着くと、馴れた手つきでマジックミラーの扉を押し開けて内部へと入り込む。
「あの……バカ!」
薫が悪態をつくが、その口元には微苦笑が浮かんでいた。桜華がやろうとしていることを、察したのだろう。彼女を止めようとはしない。
「ほら、バスケ部の諸君! トットとボールや荷物を片付けなさい! 桜華の邪魔よ」
薫に叱責されて、少年たちが思わず条件反射のように片づけを始めた。どうもこの気の強い主治医には逆らいがたいようだ。
だが彼らにしても、これからいったい何が始まるのか判っていない。もちろん、未だに床に座り込んだままの蓮華にも判ろうはずがない。
バタバタと少年たちが走り回っているなかで、薫が蓮華を練習場の片隅へと引っ張っていった。彼女たちの目の前には、先ほど桜華がディスクを差し込んだパネルがチカチカと光を放っている。
「ほら。桜華のお許しが出たんだから、サッサともらっておきなさい」
薫は無造作にディスクを取り出すと、蓮華にその銀盤を押しつけた。蓮華が戸惑っているうちに、それは掌中にスッポリと収まり、そうこうするうちに薫が顎をしゃくって施設の一角を示した。
「お出ましよ」
蓮華が振り返って見れば、数枚の薄衣を肩から羽織り、舞扇子を手にした桜華が、素足になって床面の中央に歩み出てくるところだ。桜華の顔色はまだ少し青白いが、足取りは先ほどよりも確かになってきている。
周囲の人間が固唾を呑んで見守るなかで、桜華が床の中央に立ち、じっと蓮華へと視線を注いだ。
「わたしはあの人の前で舞う気はない。やるなら蓮華がやりなさいよ」
桜華は着ていたトレーニングウェアの上着を脱ぎ始めている。下には薄手のTシャツしか着ていない。病気のためか、彼女の身体はひどく華奢に見えた。
「一度だけ……。たった一度だけ、わたしは天承院桜華として舞う。これが最初で最後よ。あとは知らない。このあとの天承院は、あんたたちで好きにしなさいよ」
薄衣を重ね着して形を整えると、桜華は手にした舞扇子を一直線に蓮華へと向ける。挑みかかるような鋭い視線も一直線に義姉へと注がれ、辺りには張りつめた空気が広がった。
「でも桜華ちゃん、あなたと家元との約束は……。許しなく花娘を舞うことは禁じられているんじゃ……」
「葛城桜華が舞うのなら許されないわ。でも天承院桜華なら問題ない」
まっすぐに伸ばした腕をすとんと落とすと、桜華は皮肉を込めた笑みを口元に湛える。
「忘れたの? 天承院の家元は女が継ぐのよ。菊乃お祖母様が亡くなったとき、仮で山の大伯父貴が継いだだけで、本来の継承者は別にいるのよ? 天承院を一度飛び出して連れ戻されたあの人は、その権利を剥奪されているし、花娘を知らない」
蓮華は桜華の声を聞きながら手に収まっているディスクを握りしめた。声が枯れてしまったような気がして出てこない。
「女でこの舞を知っているのは、誰? わたしだけでしょ。天承院を名乗る限りは、わたしが現家元なのよ。誰もわたしを止める権利はない」
蓮華は何か答えねばと口を開いた。だがやはり喉は何も音を発せず、彼女は力尽きたようにその場に座り込んだ。
どれほど懇願しても聞き届けられなかった秘技の教えを、目の前の少女が教えてくれると言う。夢でも見ているのではないだろうか。
「あの人が花娘を見たいというのなら、あんたが舞ってやればいい。わたしはご免だけど、あんたならあの人の願いを聞き届けられるでしょうよ」
ふわりと桜華の腕がかざされ、片手だけで器用に扇子が開かれた。風に揺れる花びらのようにその扇子の先端が震え、散り急ぐ花が舞うようにそれが翻ると、舞い始めた少女の喉からは舞の拍子をとる唄が響きだした。
蓮華はその舞姿を食い入るように見つめる。それ以外に舞い続ける少女にどう応えろというのだ。
今、自分の目の前で流派の頂点に立つ者が直々に舞っている。その一部の隙もない滑らかな舞を、彼女が受け継がせてくれるというのなら、それを正面から受け止めねばなるまい。それが相手へと礼儀というものだ。
高低をつけた舞唄に沿って扇子が狂い咲き、少女の華奢な身体が柔らかく弧を描いて揺れ動く。その一部始終を見逃すまいと、蓮華は目を見開いて息を詰めた。
舞えや、舞え
この花嵐の紅のごとく
この身の血潮や
舞えや、舞え
いつしか蓮華も舞い続ける少女と供に舞唄を口ずさんでいた。
咲き狂う花のように絢爛と舞う娘の姿だけをただひたすらに追い、蓮華は自身の網膜へとその姿を焼きつける。新しい継承者へと引き継がれていく秘技は可憐で、俗世のあざとさなど微塵も感じさせない清廉なものだった。
喉を震わせる蓮華の眦まなじりから一滴の涙かこぼれ落ちる。それを知ってか、知らずか、継承者の舞は止まることなく続けられたのだった。
終わり
「いい加減にして! もうわたしには関係のないことだわ!」
罵声こそ浴びせてこないが、相手の形相は憎しみにどす黒く染まり、互いの間にある溝の深さをはっきりと伺わせる。
突き放されることはあらかじめ予測していた。それは想像の範疇の答え。すんなりと承諾してもらえるとは思っていなかった。でも拒絶されたからと言って、ここで諦めるわけにはいかない。
「お願い。帰ってきてくれとは言わないわ。一度でいいの。……たった一度、お母様の前で舞って欲しいのよ」
恥も外聞もない。蓮華は床に額を擦りつけて頼み込んだ。そうする以外にいったいどんな方法があったというのだろうか。
「蓮華れんげ……どうしてあんたがそこまでするのよ」
長い廊下の端に佇む二人の娘に、冬空の寒気が襲いかかっていた。建物の外側に沿って渡された回廊は、山水造りの庭からの冷気をもろに受けてしまう。
その庭を囲う石塀の向こう側には、雪の重みに項垂れる松木立が黒い影となって立ち尽くしていた。灰色の空からは雪こそ降ってこないが、刺すような寒風がこの巨大な建物へと吹き下ろしてきている。
長い歳月の間、その荒ぶる風を受けて廊下と屋根を支えてきた柱は、すっかり色褪せて白茶けた姿になり果てていた。
檜板の廊下はしんしんと氷のように冷え込み、土下座する蓮華の身体から容赦なく熱を奪っていく。それでも彼女は立ち上がろうとしなかった。
「お願いします。どうか……。一度だけ……お願い……」
「わたしを産み捨てた女を喜ばせるためだけに、どうしてわたしが舞を舞わなければならないわけ? 蓮華、そんなの虫が良すぎるでしょ!」
「判ってるわ。あなたがどれほど腹を立てているか、よく判ってる。でもあなたしか知らないのよ! 花娘を教えられたのは、あなたしかいないの! お願い……待ってちょうだい、桜華おうかちゃん!」
顔をあげた蓮華は立ち去ろうと背を向ける少女の足にすがりついた。ここで逃してしまったら、もう二度と彼女は会ってくれない。どんなことがあっても彼女から承諾をもらわなければならないのだ。
「迷惑だって言ってるでしょう!? 山の大伯父貴にでも頼みなさいよ!」
「それができたら、あなたに迷惑なんてかけてないわ……。家元は私や藤見ふじみを遠ざけているのよ。どうやって教えを乞えというの」
「そんなことわたしには関係ない!」
足にしがみつく蓮華を引きずって桜華が歩き始めた。すぐ目の前にある廊下の突き当たりには、檜造りの建物には似つかわしくない金属製の扉がはめ込まれている。
「桜華ちゃん……! お願い!」
喉を涸らして懇願する蓮華を無視してなおも少女は歩き続けた。桜華の明るい色の茶髪に縁取られた顔は青ざめている。足下にすがる蓮華の声に動揺しているのだろう。
桜華が金属製の扉に手を伸ばすと、それは内側から音もなく開かれて、一人の人物を吐き出した。
「こんな寒い場所で何してんのよ、あんたたち」
出てきた人影は二人の様子を見て目を丸くした。一歩踏み出したままの姿で、まじまじと二人の姿を観察する。
「薫さん! 助けてください!」
「お願い、桜華ちゃん! たった一差し舞ってくれるだけでいいの! もう……お母様に残された時間がないのよ!」
助けを求める桜華に向かって、蓮華は再び声をかけた。その様子にすべてを悟ったのか、薫と呼ばれた女は眉間に皺を寄せる。
「いい加減に放してよ! 鬱陶しい!」
とうとうたまりかねて桜華が掴まれていない片足を持ち上げた。その足で這いつくばる蓮華の手を蹴ろうというのだろう。だがそっと肩に置かれた手に驚いて、その動作が止まった。
「止めなさい、桜華。邪険にしたって蓮華は諦めやしないわよ。……蓮華、こんな寒い場所にいつまでも桜華を置いておきたくはないの。続きはなかでやってくれる?」
「薫さん! 続きを聞くまでもありません! わたしは断っているんですから!」
憤然と抗議の声をあげる桜華の肩を再び軽く叩くと、薫は腰を屈めて蓮華へと手を差し伸べた。今のやりとりを聞いていた蓮華の顔に、泣き笑いの表情が浮かぶ。
目の前に出現した女の白い手をとって立ち上がりながら、蓮華は涙をためた瞳で桜華をじっと見つめた。だが見つめられている本人は、その視線を無視して苦々しげに顔を歪めるばかりだ。
薫に導かれるようにして二人の娘は無機質な扉をくぐった。扉の向こう側へと滑り込んだ途端、そこは咳しわぶきひとつしない沈黙が落ちてきた。それまで扉越しに響いていた激しい足音や鋭い喚声がピタリと止んだ空間は異様だ。
蓮華の目の前には、ローマの闘技場コロッセオを思わせる空間があった。緩い高低差のある階段状の観客席が彼女の前後に広がり、中央部分はワックスで磨きたてられた床がぽつんと広がっている。大きめの体育館とでも言えばいいのだろうか。
今その床の上にはバスケットコートの模様が浮き上がり、床のあちこちに佇んでいる少年たちが胡乱げな視線を蓮華へと向けてきている。
ただ、この施設の目立った特徴は他にもあった。客席より一段下がったコート面を囲む壁がすべて鏡張りになっている。ひどく落ち着かない気がするのは、死角のない空間がすぐそこにあるせいだろうか。
「今日の練習はここまでにしてもらいましょう。……どっちみちコーチが練習を見られなくなるんだから、今日の練習をこれ以上続けても無意味でしょう」
朗々と響く薫の声に集まっていた少年たちが口を尖らせ、薫の隣りに貼りついている桜華へと視線を泳がせた。その間にも少し離れて立つ蓮華へとチラチラ好奇心の目を向ける。
彼らはバスケットのユニフォームを着用しており、蓮華たちが廊下で言い争っていた「舞」という言葉とは、限りなく縁遠い存在だった。
「薫さん。わたし、蓮華に話をすることなんかありません! だから練習を続け……」
「そうね。話はないわね。でもやらなきゃならないことがあるはずよ?」
薫の言葉に桜華はますます不機嫌な顔をした。頑固に口を引き結んで、上目遣いで睨んでくる少女の様子に、薫は腕組みしてじっと睨み返す。
「あんたは天承院流を継ぐのかしら? それなら継承者の舞を独り占めしておいたって問題はないけど……」
「冗談じゃありません。そんなもの継ぐつもりはないです!」
苛立った桜華の叫び声に周囲の少年たちが顔をしかめた。そして非難がましい視線を蓮華へと向ける。彼らにも桜華の苛立ちの原因が、このひっそりと佇む娘にあるのだと判っている様子だ。
「ねぇ、桜華。あんたが問題にしているのは、死にかかっているどこかのおばさんの希望に沿って舞を舞ってやること? それとも、そのおばさんの側にいる愛娘に自分の技を盗まれること?」
薫の問いかけに桜華が顔を引きつらせ、その背後では蓮華が息を呑む。
「あ、あの……桜華ちゃん。私のことなら……。絶対に舞を盗み見たりしないわ。だから、お母様の……」
「うるさい! あんたは黙っていて!」
振り返りもせずに桜華が叫んだ。その金切り声に周囲の者たちは思わず後ずさった。だが目の前に立つ薫だけは鋭い視線を外すことなく、じっと桜華の紅潮した顔を睨み据えている。
「薫さん。こんな馬鹿げた舞を教わったばかりに、しつっこくつけ回されるわたしの気持ちが、あなたに判りますか? わたしはただの一度だって、自分から教えてくれと頼んだことなどなかったのに!」
怒りにブルブルと拳を震わせる桜華の背後で、蓮華は胸の前で両手を固く握り、祈るような想いで二人のやり取りを見守っていた。周囲の若者たちも凍りついたように動きを止めたままだ。
「大人の勝手な都合で押しつけられたこの舞のせいで……」
「それじゃ、どうして後生大事にそんな舞を覚えているの? さっさと忘れてしまいなさい」
「一度覚えたものをどうやって忘れろと言うんですか! それに……ここに来てからずっと稽古に呼ばれているんですよ!」
再び金切り声をあげた桜華に、薫が肩をすくめて小さく嘆息した。その態度が桜華の神経を逆撫でたらしい。食いしばった彼女の口元からギリギリと歯を噛み締める音が聞こえる。
「あんたの場合は忘れられないんじゃないわ。忘れたくないだけよ。花娘を舞えるのはあんたとあんたに教えた者だけ。つまり、門外不出のその舞を教えなければ、天承院の者はあんたを無視できないってわけね。結局あんたは天承院という鎖に繋がれていたいだけなんだよ」
「違う! わたしは……」
「違わない。あんたは自分を無視するなと駄々をこねている赤ん坊と同じよ!」
薫の鋭い声に桜華の背が激しく震えた。それを背後から見守っていた蓮華が、同じく怯えたように震えながら声をかける。
「違うわ。桜華ちゃんは家元と約束をしているから、誰にも教えられないだけよ。天承院の直系だけが継ぐ舞を、傍系に伝えるわけにはいかないんですもの! 天承院の花娘は一子相伝の秘技だもの!」
辺りは水を打ったように静まり返った。その耳が痛くなるような沈黙のなかで、薫があきれ果てたようにため息をつく。
「約束ですって? それじゃ、今の家元が死んだ時点で天承院流はお終いってわけね。桜華に伝えられた花娘を継いでいく者がいないのなら、他に後継者はいないってことでしょう?」
その薫の声に答えるように、俯いて顔を歪ませていた桜華が憎々しげに呟いた。今まで紅潮していた頬が今度は青ざめてみえる。
「潰れてしまえばいいんだ。天承院がなくなったところで、世の中の何が変わるっていうんです」
「そうかしらね。確かに世界がひっくり返るような大事にはならないでしょうよ。でも膨大な数の弟子を抱えた流派が消滅したときの余波は決して小さくはないわ。現に直系のあんたは傍系の藤見に疎まれて、何度も命を狙われているでしょう」
「それももうすぐ終わりです。ここで父が作り上げたすべてのデータを記録し終えたら、もうわたしはこの場所にくることもないんですから。……あとは、天承院の人間で勝手にやればいい!」
青ざめたまま顔をあげた桜華が絞りだすように答えを返した。苦り切った声が彼女のなかに溜まっている憤りを表している。
しかしそんな桜華の答えにも薫の視線は鋭さを失うことなく、なおも彼女の瞳を射抜き続けていた。そんな視線に耐えられないのか、桜華は再び視線をそらして俯いてしまった。
「バカね。あんたにその気がなくても、家元はまだ諦めちゃいないわよ。来年、あるいは再来年……あんたがここに連れ戻されるという可能性を考えたことはないわけ? あの古狸が気前よく、稽古をすることだけを条件に、あんたにここを貸すわけがないでしょう」
「そんな……!」
薫の言葉に不満の声をあげたのは、周囲を取り囲んでいる若者たちのなかでも一際背が高い少年だった。短く刈り込んだ髪を金色に染めているが、顔立ちは日本人のものだ。そのまわりにいた者たちも不満を露わにした表情をしていた。
「葛城かつらぎコーチはオレたちと一緒に全国大会を目指すんだぜ! 勝手に連れ出されてたまるかよ!」
「そうだよ。今年の惨めな負け方はもうご免だからね」
「来年こそは全国の頂点に立つんだろ!」
「本人が嫌がってんのに、ひでぇじゃないの!」
次々にあがる不平の声に桜華が目を丸くする。口々に自分を引き留めているのは、普段は反抗的な態度ばかりをする一年や二年のメンバーだ。
「あら。事実じゃないの。桜華はあんたたち西ノ宮高校のバスケ部コーチであると同時に、この天承院流の後継者でもあるんだから。天承院の側からみたら、あんたたちとのことのほうがオママゴトなのよ」
少年たちの怒りの声にも淡々と答えを返した薫の横顔には、とりたてて意地の悪い表情が浮かんでいるわけではない。背後から様子を伺う蓮華にもそのことは判っていた。しかし、少年たちにはその態度を理解する余裕はなさそうだった。
「オレたちのやっていることが遊びだと!?」
「お前……葛城コーチの主治医だかなんだか知らねぇけど、言っていいことと悪いことがあるぜ!」
背格好だけなら薫よりも大柄な少年たちばかりだ。乱闘にでもなったら、怪我を免れ得ないだろうに。
「やめなさい、みんな」
少年たちを押しとどめる声をあげたのは桜華だった。血の気が引いた彼女の顔には先ほどから苦渋が浮かんでいるが、決して少年たちのような殺気はまとっていない。
「でもよ……!」
「お前ら、全員頭冷やせ。葛城のことにいちいち首を突っ込むな」
不満を浮かべる少年たちの後ろから低い声があがった。かなり大柄で筋肉質な少年がきつい視線を周囲の若者に注いでいる。
「赤間キャプテン……」
「部長! でもこいつオレたちのバスケを……」
苛立った声をあげる背高のっぽの少年を制して、赤間と呼ばれた若者が桜華へと視線を向けた。
「結城ゆうきさんは俺たちのバスケをバカにしているわけじゃない」
「でも……」
不満そうに口を尖らす後輩たちを制して、赤間がさらに続ける。
「葛城。お前の好きにやれよ。バスケ部のコーチだろうが、舞の家元だろうが、どちらを選んだってお前自身のことじゃないか」
思ってもみなかったことを話し始めた赤間に、他の少年たちが息を呑んだ。いったい何を言い出すのだろう。
当の赤間はそんな周囲の反応など気にした様子もなく、いや、周囲のことなど気にしている余裕がないのかもしれないが、言葉を選ぶように桜華に向かって語りかけている。
「この九ヶ月、お前のコーチのお陰でうちの部はずいぶんとレベルをあげたと思う。県大会程度の実力しかなかった部が全国大会に出たんだぜ? お前のこと、途中でコーチの役目放り出したなんていう奴はいないから……よく、考えて決めろよ」
「赤間先輩、何言ってるんスか。そんなこと言ったら……」
部員のなかでは小柄な体格の少年が声を震わせた。
「そうですよ。今までだってあの藤見って野郎、葛城コーチをむりやり引きずって連れ出していたじゃないですか」
ひょろりと細い身体で背の高さばかりが目立つ少年も、赤間の言葉に不満を漏らす。
今年の全国大会、大事な初戦で思ったような力を発揮することなく敗れ去ったことに、誰よりも怒りと失望を露わにしたのは、この目の前にいる赤間ではなかったか?
三年生の赤間にとっては、高校最後の試合があんな無様な負け方では、腹立たしいなどというものではないだろうに。
桜華にコーチとして部に残って欲しいと願っているのは、赤間自身であるはずだ。でなければ、高校バスケをとうに引退しているはずのこの冬の時期に合宿になど参加するわけがない。
「葛城。お前、バスケと同じくらい、舞を舞うのも好きなんじゃないのか?」
赤間の遠慮がちな問いかけに、成り行きを見守っていた蓮華は動揺していた。目の前に立つ少女が舞が好きだなどとは思ってもいなかった。彼女は小さな頃から、むりやりに稽古に引っぱり出され、嫌々舞っているのだと信じていたから。
「桜華ちゃん……。あなた……」
蓮華は震える声で目の前にいる少女の背に呼びかけたが、相手の反応は彼女には向けられなかった。
「何を勘違いしてるのよ、赤間。わたしが好きで舞をやっていると本気で思ってるの? 冗談じゃないわ。こんな鬱陶しいもの、今すぐにでもやめたいわよ!」
しかし、厭だと言う桜華の声に力強さは感じられない。他の少年たちにも桜華のなかにある動揺が見えてきたのだろう。互いに顔を見合わせてはいっそう困惑している。
「厭ならやめなさいよ。簡単でしょ、そんなこと。山の大伯父貴があんたとの約束を守ろうって気がさらさらないのに、どうしてあんたばかりが素直に言いなりになってなきゃならないわけ?」
若者たちの間に広がった動揺に薫が小石を投げかけ、さらに波紋を広げた。蓮華自身も周囲の動揺に呑まれていて、自分がどう出ていいのか判らなくなっていた。
「あんたは舞を続ける気がない。一方で蓮華は天承院流が途絶えないようにしたい。どう? あんたの後継者の舞を蓮華に譲っても不都合なことないわよ」
「できません。大伯父貴が約束を破るかどうかなんて、今の段階では判らないことです。それに相手が約束を破るかもしれないからって、こちらが破棄していい理由になるとは思えません」
強情に口元を引き結んで桜華が薫の顔を見上げる。それは強い意志の現れであるとも、駄々をこねている子どもの我が侭ともとれるものだった。
「意地っ張り」
「意地っ張りでけっこうです。わたしは天承院を継がないし、呼び戻されたって絶対に花娘を舞いません」
「じゃ……これであんたの父親が愛した花娘の舞姿は、永遠に見られないってわけだ」
「……え? お父さんが……?」
突然、父を引き合いに出され、桜華が目を丸くする。天承院の娘、菖蒲あやめとむりやり結婚させられ、将来を嘱望されていたバスケットプレイヤーの地位を潰されてしまった父が、天承院の秘技“花娘”を愛していただなどと、いきなり言われても信じられるわけがない。
「あんたの父親、葛城梓一郎かつらぎしんいちろうは天承院流の師範代家系葛城家の出身でしょうが。自身は舞よりもバスケットプレイヤーとしての才能があったけど、舞を嫌っていたわけじゃないわよ」
「どうしてそんなことが判るんですか! 父はプロのプレイヤーになれたはずです。それを天承院の一存で踏みにじられて……」
怒りを含んだ桜華の声に薫が苦笑を漏らした。そして、今までじっと目の前の少女に注いでいた視線をふとそらすと、自分たちを囲んでいる鏡張りの壁の一角へと目を転じた。
「証拠ならあるわ。……つい今し方見つけたばかりなのよね。それを知らせに行こうと思って、廊下であんたたちに鉢合わせたんだから」
そう言うと、薫は鏡に映る自分へと声をかけた。
「待たせたわね。例のもの、出してくれる?」