おりょうさま
昔語り
 昔むかしのことじゃ。
 このお話は、婆の爺がまだうまれる前のお話じゃよ。




 あるとき、村人が落人《おちうど》をかくまったそうじゃ。戦で負け、落ちのびてきたその若武者は、それはもうひどい怪我で、これでは助からぬと誰もが思う有り様じゃったそうじゃ。
 ところが、村長《むらおさ》の末娘がたいそう気の毒がり、毎日毎日、若武者をかくまっておったお宮のお社《やしろ》へ通っては介抱したのだと。
 しかしな、娘の手厚い介抱で、ようようと命をつなげた若武者じゃったがのぅ、娘を嫁にもらいたいと村長に言うてしもうたがために大変なことになってしもうたのじゃ。
 村長はたいそう腹を立てたそうじゃ。
 官位もない、ただの落ちぶれた武士《もののふ》に大事な娘をやるわけにはいかんとおもったのじゃろうなぁ。
 恐ろしいことに、村長は村の若者の何人かに命じてお宮に火をかけさせ、その若武者を焼き殺してしまったのじゃよ。
 燃え上がった炎の向こうからは、村人を呪う武士の叫び声が聞こえていたそうじゃ。あぁ、恐ろしや、恐ろしや……。
 末娘は父の悪行を悲しがり、焼け落ちた社のなかから見つけた若武者の太刀をこっそりと持ち出して、供養のつもりでお宮の裏手にあった大きな大きな池に沈めたのだと。
 それからしばらくして、村長の末娘は村でも裕福な家へと嫁いでいったそうじゃ。それはきれいな花嫁さんだったそうじゃよ。




 娘が嫁いでちょっとした頃からじゃった。村に夜な夜な、それは恐ろしいうめき声が響くようになったそうじゃ。
 誰とはなしに、あの落人が無念がってうめいているのだと噂が広がり、村長も恐ろしくなったのだろう。焼け落ちたお宮を立派な物に建て直し、若武者を弔ってやったそうじゃ。
 それでも、夜な夜な響くうめき声はいっこうに静まることはなかったそうじゃよ。
 身の毛もよだつ不気味な声が村の家々の壁といわず屋根といわず、辺り一帯を覆い尽くして、なんとも凄まじい声じゃったそうじゃ。
 たまりかねた村長が遠くの街から祈祷師《きとうし》を高い銭を払って呼び寄せて、若武者の魂を慰めようとしたが、まったく効き目があがらなんだと。
 村長の末娘の嫁ぎ先では、新たに迎えた嫁が原因だと気味悪がり、離縁してしまおうかとまで考えていたというから、その声の凄まじさたるや……。南無南無……。
 娘は自分が原因で起こっている村の騒動に心を痛め、ふさぎ込んで、とうとう病の床についてしまったらしい。
 来る日も来る日も、夜になると恐ろしいおめき声が風に運ばれて村中を覆い尽くし、村人は夜も眠れぬ有り様に疲れ切ってしまったそうじゃ。
 それからしばらくして、田んぼの稲をようようと刈り終えた頃合いじゃった。村長の末娘の姿が、ぷっつりと嫁ぎ先から消えてしもうたそうじゃ。
 探せども探せども、娘は見つからず、辺りはとっぷり日も暮れてきたし、またぞろ村中を覆うおめきが聞こえ始める時刻になろとしておった。
 村長は娘を探せと村人に命じたが、誰も恐ろしがって家の外へ出ようとはせなんだと。
 結局、村長は一人で松明《たいまつ》をかかげて、村のあちらこちらを一人あてどもなく彷徨うたが、いつもの声が聞こえ始めると、這々の体で逃げ帰ったそうじゃよ。
 いつものように始まった恐ろしいうめき声じゃったが、しばらくすると、その声に混じってなにやらおかしな音が聞こえてきたそうじゃ。
 バシャバシャと大きな大きな魚でも跳ねておるような水音が、お宮様の方角から村の方角へとこだましてきよった。もう、皆恐ろしゅうて、蒲団を頭から被ってガタガタと震えて夜明けを待っておったんだと。
 じゃが、声も水音もいっこうに静かにはならず、それどころか水音が段々と大きくなり、魚どころか、竜が暴れておるような轟音《ごうおん》と共に、村中の家の屋根に滝のような水が降ってきたそうじゃ。
 ザバザバと降り注ぐ水に村人は肝を冷やし、生きた心地がせなんだというぞな。
 長い長い夜が明けて、村人が恐る恐る外に出てみれば、昨夜水しぶきが降ってきたはずの地面はチラリともぬれておらず、きれいなまンまだったんじゃ。
 不思議なこともあるものだと、村の若者が何人かで連れ立ってお宮様へと様子を伺いに出かけてみたそうじゃ。
 お宮はいつも通りに静かで、昨日の騒ぎは嘘《うそ》のようじゃった。
 若者たちは怖々とお宮のまわりを調べたあと、ふと気になって裏手の大きな池へとやってきたのじゃ。
 ところが、あれだけ大きかった池が、どういうわけか一晩ですっかり縮んで小さく干上がってしまっておったそうじゃ。
 どうやら、夜の間に村に降った水はここの池のものだったらしいが、水たまりのように小さくなった池の水がいったい全体、どこへ行ってしまったのか皆目わからぬことじゃった。




 そうそう。池にはな……。娘が沈めた落ち武者の太刀に、娘の身につけていた帯が絡みついて沈んでおったんじゃと。
 それ以来、夜な夜な続いた恐ろしい声は聞こえんようになったんじゃ。
 その後、池から引き上げられた太刀と帯はお宮様の社に封じられ、その太刀と娘の帯を納めたお社様を武者ヶ社《むしゃがしろ》と呼ぶようになり、その社のあるお宮様をさして、村人は「おりょうさま」と呼ぶようになったそうじゃ。
 落ち武者に魅入られた娘を悼んでか、あるいは、村の災厄を取り除いてくれた感謝からなのか。娘の名の『おりょう』から付けられたことには変わりはないわな。
 村長の娘が若武者を好いておったのかどうかは、ついに解らずじまいだったらしい。大人しい娘じゃったそうだで、何も言えずに思い煩《わずら》っておったのかもしれんのぅ。
 じゃから、お前たち。
 おりょうさまの境内に遊びに行ったら、必ず武者が社に手を合わせるのじゃよ。今も、あのお社の奥には、この世で連れ添えなんだ二人の想いがしまってあるからな。
 この婆も一度、子供の頃に、お社の奥に祀られておる古い太刀と色褪せた帯を見たことがる。……どちらも、なんともいえん、哀しい色をしておったのぅ。




 さぁ、昔語りは終わりじゃ。
 じゃがこれは、婆の母様《かかさま》の父様《ととさま》から教えられた大切な話じゃ。
 お前たち。……夢、忘れるでないぞえ?

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石獣庭園