脱出
【ある生物】
 その生物はいつも考えていた。
『外の世界で生きたい』
 それの棲んでいる世界は穏やかであった。暖かであった。静かな微睡みの中にあった。
生物は考え思う。
『どうしてここは、こんなに変化がないのだろう。あぁ、外の世界へ行きたい。外のあの荒野へ行って己を強くしたい』
 温暖な世界に馴れきった仲間たちはうららかな日差しに目を向けて、ボゥッとしている。
 時間の境界線がない、昼だけの世界。寒暖の差などない、ぬるま湯のような世界。他人と競って生きる必要もなく、ほどほどに生きて死んでいく。
 毎日……この概念が昼だけの世界に当てはまるのなら……一定の時間に自称『管理人』がやってくる。
 彼はやってくると生物やその仲間たちに食べ物をくれる。それも人工的に加工したものばかりだ。そして、一人一人に声をかけていく。
 生物はそんな言葉など無視しようと外の吹き荒れる荒野をジッと眺めた。
「おい! お前はまだ陽の光を見ないのか。どうしてそんなほうばかり見ているんだ」
 管理人が怒りと悲しみを生物にぶつける。しかし生物は管理人から顔を背けて外の世界のことを思う。
 諦めてこの世界から出ていく管理人がその世界の境界線の扉を開けたとき、外の世界の空気が少しだけ流れ込んできた。
 生物は喜びに全身を震わせた。仲間たちは恐怖に震えおののいている。
『あぁ、外の世界よ。なんて清楚な風の流れだろう。行きたい。行ってみたい。あの吹きすさぶ風の中の大地に降り立ちたい』




 なんの変化もない世界。まだるっこしいこの世界にある日、突然の闖入者たちがあった。
 あの『管理人』の奴がしきりと頭を下げて、その闖入者たちに話しかけている。そいつらは仲間を一人一人見ては、管理人に何事かを告げていた。
 最後に生物のところへきて言った。
「なんだね、この出来損ないは!!」
 生物はこの闖入者の言った言葉を理解できなかった。頭を下げて謝っている管理人が今日は随分と小さく見えた。
 ナンダネ、コノデキソコナイハ……?
「捨ててしまいなさい、こんなもの!!」
 闖入者は怒って去っていく。生物は訳も解らずに立ちつくした。
『なんだあいつらは。変な奴』
 後に残った管理人はため息をついて生物を見上げた。つまらないものを無くしたときにつくため息のようにどこかなげやりな感じのするため息だ。
「やっぱり駄目だったか」
 管理人のことなど意に介さず、外を見続ける生物の体を管理人は無造作に掴み持ち上げた。そのまま扉へと向かって歩き出す。
 仲間たちが悲鳴を上げている。外への恐怖と仲間の運命に身をよじり震わせる。
 しかし生物は外の世界へと連れ出される喜びに全身を揺らした。
『外だ! 外へ行くんだ!』
 寒風が体に吹きつけたかと思うと、生物は投げ出されていた。
 抵抗することもなく身を横たえ、徐々に冷えていく体とは裏腹に生物は歓喜の叫びを上げ続けた。




 一週間もした頃、生物は自分の死を感じた。だが、同時に新たな命の産声も聞いていた。
 ある晴れた暖かな初春の日、巨大な温室農園の敷地に隣接した荒野の片隅に、縮れ枯れ果てた一本の向日葵の下から小さな芽がその荒れた大地から萌え出していた。

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石獣庭園