混沌と黎明の横顔

第18章:轟神は睥睨す 7

 遙か遠い空に轟く叫びに彼女はゆっくりと顔を上げた。冷酷な印象を与える唇の端が片方だけつり上がる。
「あの御方が目覚められたようだえ。銀の娘アジェンティアを追い落とす日も近かろう。このことに他の我が幻体たちは気づいたかのう?」
 冷え冷えとした声を聞く者はいなかった。彼女の周囲は水分をたっぷりと含んだ霧に満たされている。視界が利かないその場所は、まるで白い闇に閉ざされているような錯覚を植え付けた。
「さて。回収できるものは回収しておかねばなるまいて。アジェンティアも我が幻体の幾つかを破壊したようだし、幻といえどもあまり削り取られてはこちらも魔力が減るばかり。あの御方への供物代わりにこちらも何か頂こうかえ」
 ニィッと口角をつり上げ、喉の奥で嗤う彼女の姿はまさしく魔女ガダグィーナと呼ぶに相応しい。いや、あるいは邪なる神ゾラの使徒と表現したほうが正しいかもしれない。
 だが薄気味悪い笑みはすぐに消え、彼女は口の中で何やら呪文を唱え始めた。重苦しいその呪文の重圧に押されたかのように彼女の身体がゆっくりと降下していく。白い前髪の隙間から覗く瞳は半眼で、彼女が呪文を唱えることにかなりの集中力を要しているのが見て取れた。
 落下速度はそれほど早くはない。だが、本来なら髪が逆立つほどの速度ではあるはずが、彼女の白い髪は毛先がふわふわと揺れるだけで自然の法則に反した動きを見せていた。それだけでも不気味この上ない。
「清浄なる青銀の主よ。あなた様に捧げる魂の供物を見繕って参りましょう」
 彼女の囁きに遙か遠い場所で轟音が返事するかのようにこだました。ゆっくりとその轟きが聞こえる方角に首を巡らせ、彼女は満足げに頷く。
「頃合いだえ。アジェンティアが裁きの杖を振り上げるなら、こちらも楯や鎧を用意するまで。新たな核を回収し、結界の綻びをこじ開けてやろうかえ。……待っておれ、小娘めが。お前の首をあの御方への最後の供物としようぞ」
 怒りと嘲弄が入り交じる口調が喉を震わせるたびに彼女の周囲に漂う霧が薄れていった。徐々に周囲が見渡せるようになり、彼女は視線を足許へと転じる。
 そこには小指の先ほどの小さな家々の屋根が連なる様子が見えた。一流の職人の手による精巧な箱庭かと思われたが、虚空に浮く彼女の位置関係から予想するに、その小さな家々は本物の家屋なのだろう。
「さぁて、隠れておる者を燻りだしてやろうかえ。不埒にもアジェンティアに組みするとは、なんたる愚か者! その性根を叩き直してやらねば!」
 彼女は両手を広げ、うっすらと微笑んだ。それは決して慈愛に満ちたものではない。むしろ対する者をねじ伏せ、支配下に置こうと画策する者の笑みだ。
「宿世、擾々じょうじょうたり。故に我、理を正すべく主の威信にて命ず。嫋々じょうじょうとして吹きたる風よ、なれの威光をもって轟雷を運べ。冗々じょうじょうと長口舌をふるう愚者を、その光にて討つべし!」
 すでに呪文は完成していたのだろう。彼女の演説を待ちわびたかのように遙かな天空で轟々と吼える何かが湧き起こった。
「さぁ、轟ける者よ。その眼にて下天を探れ! お前の眼から逃れられる者などおらぬえ。懲罰を与えた後は、我が前にそやつを連れて参れ!」
 頭上を仰ぎ見て怒鳴り、彼女は再び足許へと視線を転じる。そこには人々が暮らす家屋が寄り添っていた。それを見おろし、彼女はいよいよ嗤いを深める。
「お前は勝つ気でおろうなぁ、アジェンティア。したが、勝つのはこちらよ。幻体との追いかけっこなぞで我が眼を欺けると思うでないわえ。お前のドルクは我が掌中ぞ? 魔力の供給を断たれてなお抵抗できるかのぅ。お前がみっともなく足掻く様は傑作であろうよ」
 広げられたままの両腕が鈍い光に覆われていった。彼女が笑みを深めれば深めるほど、その光は強さを増していく。直視できぬほどではないが、見つめていると不安を煽る光だ。邪悪を具現化したなら今のこの姿になるに違いない。
 いつしか彼女の微笑みは本物の笑い声を紡ぎだし、まごうことなき嘲弄を含んだ哄笑へと変わっていく。邪神の使徒のように見えた彼女の姿は、今となっては邪神そのものにしか見えなかった。
「滅びよ、歪みの世界! 我が主の帰還を祝う供物となれ!」
 赤い唇が刃の言葉を紡ぐ。ドロドロと鳴る太鼓ダムドの如き轟きが彼女を包むように周囲を巡った。広げられた両腕が高々と天空へと伸ばされ、彼女の姿が杖のように一直線に伸びる。そのとき、光る腕めがけて凶暴な雷電が走り、竜の咆吼を連想させる轟音が轟いた。
 耳を聾した轟音が鎮まると、痛いほどの沈黙が流れる。視界を奪う閃光が消えた後、そこには何もなかった。塵すらもない。彼女はどこへ行ったのか。
 邪悪なる者の存在が明らかになるのは、今しばらく後のことだった。




 ひよひよとおぼつかない軌跡を描きながら空を舞う蒼い蝶は、疲れた羽根を休めようと、ある館の屋根の端に着地した。人の呼吸を連想させる緩やかな動きで羽根を開閉し、伸びをするが如き悠長さで触覚を震わせる。
 ──なんだか空気がきな臭いわね……。何か起こったのかしら?
 蝶の声なき声が低く呟いた。その声を聴くことができた者なら、愛らしい声だと評したであろう声は、その評価を台無しにしそうなほど強張っている。その強張りの理由が、小さな身体からは考えも及ばない緊張感に支配されているからだと気づく者は今のところどこにもいなかった。
 ──異変に気づかない“人間”どもならともかく、我らの一族の者であれば空気に伝わる重圧に何かを感じたはず。変事に聡い者を探して原因を確かめたほうがいいかしらね。巻き込まれるのはごめんだもの。
 蝶は独り言を囁き、今まで以上に大きく羽根を開閉させる。残された力を使って再び虚空に舞い上がる算段をしているようにも見えた。あるいは内心の動揺が羽根に伝わっているとも取れる。
 ふと近づいてくる気配に気づき、蝶は羽根をピタリと閉ざした。息を潜めて嵐をやり過ごそうとする草食動物のように、蝶は慎重な気配を漂わせる。
『ご機嫌よう、聖なる娘ル・ファレ。まだあなたをそう呼んでも差し支えございませんか?』
 屋根の雨樋を辿るようにやってきたのは朱茶けた毛並みの猫だった。緑柱石を思わせる輝く瞳が細められ、実に興味深いと言わんばかりにジロジロとこちらを眺め回す様子は決して居心地の良いものではない。
『失礼。正体を明かすのを忘れておりました。我が主人は……』
 ──あなたの主人は放浪者ファーンでしょ? 名乗らなくても、あなたの特徴はよくよく聞かされていたわ。主人の魔力を借りて魔術を駆使する猫人族ハビウーラのことは有名だもの。
 クツリと猫が喉の奥で笑った。決して不快感を煽る笑い方ではなかったが、子ども扱いされている気がしてル・ファレは閉ざした羽根をさらに固くする。
『確かに主人の魔力を借り受けて術を行使することはできますが、生憎と高度な術を紡ぐには猫の舌では限界がありますのでね。あなたが期待するほど立派な術は使えません。よって、あなたに直接害を及ぼすことも不可能です』
 ご納得いただけましたか、と問われ、蝶は小さく羽根を震わせた。
 ──納得も何も。わたしは事実を言ったまでだし、あなたはそれを認め、多少の認識の差を埋めただけだわ。それより主人から離れた使い魔がなんの用?
『使い魔……。なんと下世話な単語でしょう。それを言うなら眷属と呼んでもらいたいものです。あなた方から見れば星霜の積み重ねによって魔力への耐性を得た獣は使い魔なのでしょうが、我々にとっては長命を約束され、主人を得る貴重な機会であり、知恵者として尊ばれる栄誉なのですから』
 嘆息した猫の眼が細められる。何かを推し量るような目つきが、ル・ファレにはひどく居心地悪い思いを抱かせた。
『まぁ、そうは言ってもあなたには関係のないことです。とりあえず、認識のズレは置いておいて、本題に入りましょうか』
 居住まいを正した猫がスッパリと言い切り、ル・ファレは安堵した。
 生きてきた歳月の長さはきっとル・ファレのほうが遙かに長いはず。だが、なぜか目の前の猫相手に長大な命を誇っても無意味な気がした。
『幾つかお伝えしなければならないことがあります。まず一つ目は、白闇の魔女はまだ健在であり、自らの目的のために行動し続けているという事実です』
 ──まさか! 彼女はもう力の弱い幻体でしか存在していないわ。本体はどこかに封印され、どうやっても彼女は取り戻すことができないのよ。
 猫が肩をすくめる。ル・ファレは猫が肩をすくめることができるのだと、そのとき初めて認識したのだが、伝えられた内容に驚きのほうが勝って、新たな発見のことにまで気が回らなかった。
『我が主の絵札占いの結果です。その威力はあなたもご存じでしょう。決してはずれない占いです。魔女はまだ諦めてはいません。それを認識してください』
 知らず知らずの間にル・ファレは羽根を震わせる。身体が小刻みに震えるのは、過去の魔女との取引を思い出しているからだろうか。それとも魔女と手を組んでおきながら結果として敵対する側に従っている己の裏切り行為を、魔女がどう思うか考えているからだろうか。
『二つ目。あなた方が成そうとしている聖なる息子ル・オルグの顕在化ですが、それを邪魔させてもらいます。そんな真似を我らが許すと思いますか? いいえ、あなた方以外にそれを許す者などいないでしょう。大地に根ざす者として、魂を喰らう者を覚醒させるような真似は許しません』
 大声ではないのに、猫の声は破鐘のようにル・ファレの中でこだました。
 ぞわりと羽根の表面を滑っていく殺気に身震いする。この者は……いや、この者を遣いに出したファーンは何を言い出すのだろう。
 ──自分たちが何を言っているか判ってるの? あなたは今、我々の要たる銀の姫君アジェンティアに楯突くと宣言したのよ!?
『そんなことは先刻承知。我々には我々の理屈と正義があります。あなた方が生み出した歪な核の恩恵になぞ与る気はありません』
 ル・ファレは唖然とした。
『我が主人は気まぐれだと評されますが、ご自身の指針はしっかりと持ち合わせておりますよ。そちらが望む通りに動いているのですから、こちらも同じようにすると言ったまでです。あなた方が核を回収し、宿主たちを滅しようとするのなら、我々は宿主たちを匿うつもりです』
 ──ちょっと! ちょっと待ちなさい! 匿うですって!? そんな真似をして、核が暴走したときどうするの。宿主はまともな対処法など知らないわよ。巻き込まれたら怪我くらいじゃ済まないのよ!
 驚き騒ぐ彼女に猫はあからさまな態度でため息をつく。そうまでされれば、彼女とて自分がバカにされていると判断せざるを得ないではないか。
『だから子どもは嫌いなんですよ。物の道理をまったく理解しないのですから』
 ──なんですって!? 誰が子どもよ。あなたの寿命より我々の寿命のほうが数十倍も長いのよ!
『長命は恩恵であり、誇りではありましょう。が、それを振りかざして良いものではありません。そんなことも判らないから子どもだと言うのです』
 言葉に詰まり、ル・ファレは押し黙った。やはり自らの命の長さを云々するのではなかった。バカにされることは判っていたのに……。
『三つ目。白闇の魔女の動きを封じたいのであれば、我が主人に助力を乞いなさい。助言をする用意があります』
 なんなのだ、その高飛車な伝言は。ル・ファレは呆れ返った。
 世界を放浪して回るファーンは竜王人ドルク・リードと獣人の血を継ぐとは聞いているが、これほど尊大な伝言を受けるほどの存在であるとは聞いたことがない。何を偉そうに、というのがル・ファレの偽らざる心情だった。
『どうやら気に入らないようですね。まぁ、予想の範囲内ですが』
 では仕方がありませんね、と呟く猫から不穏な空気を感じる。何やら厭な予感がしてならなかったが、緑柱石の瞳にヒタと見据えられ、ル・ファレは逃げ出したくても身動きひとつできなかった。
『あなたの意志に関係なく、実力行使させていただきます』
 何をする気かと問う間もない。飛びかかってきた猫に羽根を加えられ、ル・ファレは蝶の身体で暴れた。まったく無意味な抵抗であったが、大人しく連れ去られるのは腹立たしい。だがしかし、蝶の抵抗などたかが知れているが。
 ──こんなことして、ただで済むと思って…………っ!?
 抗議するル・ファレの声が轟音に遮られた。驚き固まる彼女をくわえたまま、猫が唸る。たぶんこう言ったのだ。やっぱり来ましたね、と。
 ──な、何……今の。いったい何が起こったの!?
“黙って! あの衝撃で判らないんですか!? 白闇の魔女ですよ! だから言ったでしょうが。あの魔女は諦めてなんかいないって!”
 蝶を口にくわえたままでは喋ることもできないからだろう。意識に直接、声が響いた。久しぶりの感覚にル・ファレは眩暈を起こしそうになったが、羽根を押さえられ、全身を揺さぶられていたのでは気絶もできない。
 ──な、なんで……。どうしてバチンが今さら……?
“理由を知りたければ我が主の許へ。逃げ回るだけで充分だと思うなら、あなたの仮初めの主人の許へでも行きなさい!”
 それなら今すぐ解放しよう、と囁く思念の声にル・ファレは震え上がった。
 猫が足を止めずに駆け続けているということは、バチンの脅威は去っていないということである。となれば、逃げ回っていてはいつか捕まってしまうではないか。そうなったとき、彼女を助ける者はどこにもいない。
 ──器は失ったけど魂はまだ生きてるのよっ。今ここでバチンに捕まったりしたら、その魂すら貪り喰われちゃうじゃないの!
 冗談じゃない、と息巻くが、実際に殺生与奪は猫の掌中に握られていた。
“だったら道はひとつでしょう。さぁ、行きますよ。後ろを振り返っている暇なんてこれっぽっちもありませんからね”
 屋根の上を飛ぶように走る猫にくわえられたまま、ル・ファレは背後の気配を探った。揺れが激しくて集中できない。が、何が起こったか知ろうとすればやるしかなかった。バチンに捕まるのだけはご免である。
 再び轟音が響き渡り、何かが崩れる音が聞こえた。しかし彼女がその光景を見ることは叶わなかった。
 ──おのれ、ル・ファレ! あの方から核を下賜されたご恩も忘れてアジェンティアに組みした罪、軽くないと思い知れ!
 脳内に響いた怒声に今度こそ震え上がる。バチンの声だ。しかも以前よりも力が増していると感じられた。捕まったら何をされるか判らない。
 何も好きこのんでアジェンティアに協力しているわけではないのだが、それをバチンに説明したところで納得などしてくれまい。
 それを容易く想像させるほど、届いた声には深い憎しみがこもっていた。
“バチンの憎悪は異常ですね。どうやったらあれほど歪めるのやら……”
 やれやれ、と思念の声がため息混じりに呟く。呆れ気味のため息が自分にも向けられている気がしてル・ファレは面白くなかった。が、確かにバチンの憎しみの募らせ方は異様である。反論する気も失せ、彼女は黙り込んだ。
“ご主人様! いつまで瞑想を続けている気ですか! いい加減に加勢したらどうなのです。このままでは可愛い眷属が丸焦げですよっ!”
 正面切って主人に文句を並べ、さらに自分自身のことを可愛い眷属なぞと豪語する猫にル・ファレは呆れ返った。どういう神経をしているのだ。
 ──あなた、気は確かなの? 主人に向かってその口の利きようでは助けてもらえなくなるでしょうに。
“助けなかったら末代まで祟ってやります!”
 それは主人に対してすることなのか、という問いをル・ファレは飲み込んだ。
 この主従に自身の持つ常識を当てはめたところで合致するとは思えない。とやかく言ったところで相手が聞く耳を持つとも考えられなかった。
 ──どこへ行くか、ル・ファレ! その魂、バチンが喰らってやろうぞ。ありがたく寄越すがよいわ!
 冗談ではない。と内心ではやり返すが、実際には揺られて目を回しかかっているため、まともに反論を展開する気力すらなかった。
“跳びます。眼を閉じてください! でないと、ひどい目に遭いますからね!”
 もうすでにひどい目に遭っている、と内心で文句をつけたが、気持ち悪さはすでに始まっている。反論に反論が返されるだろうことを予測するだけでうんざりした気分になり、あれこれ言う余裕などなくなっていた。
 ──なんでこんな目に遭わなきゃならないのよぅ……。
 愚痴ったところで仕方がないのだが、やはり愚痴ってみたくなる。
 核を賜ったのは体質が核に合ったからだし、それがル・ファレの核であったのも同様だ。それが一族の中で地位を上げるきっかけになると聞けば、貰わぬバカがどこにいようか。なのに恩義も何もあったものではないのだ。
 だが、それをバチンに言ったところで通じるとは思えない。あの女にとって世界は何もかもが御方様中心に回っているのだ。御方様を熱狂的に信奉するのが当然で、それ以外などあり得ないのである。
 ちょっとした好奇心で繭を抜け出し、その機会にバチンの幻体と接触したのが運の尽きだったのだろうか。あのとき、バチンの誘惑に逆らっていたら違った運命が待っていたかもしれない。今も平穏に繭で眠っていたかも……。
 過ぎ去った時を振り返って後悔したところで遅いのだ。双子の兄は滅び、自身の器も消滅している。残された魂はアジェンティアに繋がれ、彼女の意のままに動く奴隷のごとく使役される日々が続くのだ。
 そして自身の気まぐれから発した一連の出来事をバチンには恨まれ、こうして魂まで狙われるとは。こんな終わり方はあんまりだ。
 何もかも終わったら魂の船に乗せてやるとアジェンティアは約束したが、今のままではバチンに捕まり、喰われてしまう結末が待っているだけである。
“ご主人様、早く道を開いてください! このままだと捕まります!”
 思念の声に焦りが生じた。その声に覆い被さるように轟音が響く。それだけでル・ファレは絶望的な気分に陥った。あの轟きは猫の尻尾を捕まえようとしている。あとほんの少しだ。もう駄目かもしれない。
 ──ル・ファレ、観念せぃ! あの方のためにも、その魂を寄越せ!
 猫の肩越しに白い稲光が見えた。ル・ファレは震え上がり、息を詰める。
 ──うるせぇんだよ、クソババア! 俺の領域で騒ぐんじゃねぇっ!
 子どもの叫び声が響き渡り、稲光に負けぬ青白い閃光が迸った。ル・ファレは呼吸することも忘れ、せめぎ合う二つの光に魅入られた。
 バチンの声が「邪魔するでないわえ、ファーン」と絶叫するのと、眼の奥まで焼き尽くす閃光が辺り一帯を覆い尽くすのとはどちらが先だったか。
 真っ白な視界にゆっくりと色彩が戻ってきたとき、ル・ファレは辺りが静寂に満ちていることに気づいた。そして片膝を立てて座る子どもの姿を認めた瞬間、危機を脱した安堵からコトリと意識を落としたのだった。