混沌と黎明の横顔

第05章:微睡む樹神 3

 案内されたベッドにジュペを寝かせ、医術者だという小柄な男に場所を明け渡した。東方人は誰もが年齢不詳なところがあり、医術を心得るこの男が果たして何歳なのか、ジャムシードには皆目見当がつかない。
「いま昼食を用意させています。……あ、事前にお訊きすることを忘れていましたが、生理的に受け付けないものや宗教的な規制などがありましたか?」
 少女の瞼をめくったり、口腔を覗き込んだりして診察している男の横で、ガイアシュと一緒にジリジリとした気分を持て余していたジャムシードには、タケトーの暢気な態度にまともに向き合う気になれなかった。
「適当なものを見繕ってください。好き嫌いはありませんから」
 素っ気ない返事にもタケトーは鷹揚である。彼はベッド脇まで歩み寄ると医術者に東方の言葉で話しかけた。東方人同士の会話に割り込めず、ジャムシードは固唾を飲んでやり取りを見守る。傍らの少年も同じだった。
「ふむ。……どうやら中和する薬は必要ないらしいですよ。時間が経てば目を醒ますそうです。ただ副作用として眩暈に襲われるかもしれないので、目を醒まして半日ほどは介添えをつけたほうがよいと」
 大袈裟なほど安堵したガイアシュの隣で、ジャムシードは厳しい表情のまま頷き、横たわったまま昏々と眠り続ける少女の顔を見おろした。
「どれくらいで目を醒ますか判りますか?」
 待ってください、と断りを入れ、タケトーは再び医術者と話し始める。数度の応酬で判ったことは、吸い込んだ薬の量で左右されるが、遅くても夕方には目を醒ますだろうとのことだった。そこでようやく安堵が身体に広がる。
「まぁ、眠り薬のようなものだそうですから身体に悪い影響もないでしょう。心配ならお食事はこちらで摂りますか? 皆さんの分を運ばせますよ」
 ジャムシードはその申し出をありがたく受けることにした。食事で部屋を出ている間にジュペが目を醒ませば、見知らぬ場所に独り取り残された状況にひどく戸惑うだろう。出来る限り目の届くところにいたかった。
「それと、あなたの弟だと申された彼、えぇっとサキザードという名でしたね。どうもまだ慣れませんねぇ。彼のほうも部屋で休んでもらっていますからご心配には及びませんよ。一眠りすれば体力も回復するでしょう」
 まるで長年の友人に向かってやるように肩をすくめたタケトーが、この場にいない者について説明する。こんな状況でも彼は厭な顔ひとつしなかった。
 まだすべてを信用したわけではない。だが、今のところタケトーの行動に不審な点はなかった。むしろ人の良い部類に入る人種と言える。逆にこれが計算の上での行動であったなら、かなり狡賢い人間だと言えるのだが。
「ところでジャムシードさん。少しお話したいことがあるのですが、別室へよろしいでしょうか? 食事の用意ができるまでには終わりますので」
 ガイアシュを振り返ると、少年は緊張した表情であったが小さく頷いた。ジャムシードが席を外す間、ジュペの護衛は引き受けたということだ。所在なげに荷物の番をしているオーレンもソファの上から同意の視線を向けていた。
「判りました。別室に行きましょう。俺も訊きたいことがありますし」
 こちらの質問内容の予想はすでにつくだろう。ジュペを襲った人物に心当たりがあるなら聞き出さねばならなかった。それを見越した上で別室に誘うということは、よほど重要な話か、あるいは後ろ暗いことを抱えているかだ。
 ジャムシードが案内されたのは廊下を挟んで向かい側にある小部屋だった。窓際に置かれたストーブの上でコトコトと鍋が揺れている。何か煮込んでいるようだ。草木の匂いが立ちこめている。独特の匂いは知らないものだった。
 普段なら客人の連れてきた召使い部屋として使っているのだろう。質素だが頑丈な柱と丁寧な漆喰壁の部屋だ。しっかりした造りから建物の堅牢さを伺わせた。見栄を張る客室はともかく使用人部屋でこの造りは良い物件である。
 国外の者が貴人街の館に住まっているということは、相当な額を積み上げて買い取ったか、あるいはコネを利用して借りているかだ。この男はかなりの金持ちなのだろう。その金の出所がまっとうなものであれば良いが……。
「部屋の観察はもうよろしいですか?」
 ジャムシードが部屋の様子から家主の人物像を捉えようと腐心していることなどお見通しのようだ。建物の具合から相手の収入や人柄を見分ける方法は炎姫公女に教わったものだ。視線があからさますぎたのだろう。
「薬草を煮込ませているので、この匂いは我慢してください。故郷で滋養強壮に効くと言い伝えられているものなのです」
 我が家の常備薬なもので、と言い訳しているが、その薬を客人のために作っていることは間違いない。自分用であれば館の厨房で作らせればいい。ジュペが眠る部屋の真向かいということは、彼女に与えるための薬とみてよかろう。
「お話を伺いましょうか。子どもたちに聞かせられないような話なのでしょう」
 大人の話は子どもには小難しくて退屈でしょう、と言い訳にしか聞こえない返事が返ってきた。どこまで計算して動いているのか判らない男である。ますます弟が本当に記憶を失っているのかどうか判断できなくなった。
「まずはあなたが知りたいことをお教えしておきましょう。彼女を襲った者たちの雇い主、あれはシギナのジョーガです。百にも分かれていると囁かれる多くの部族のうち、主立った幾つかを束ねている男ですよ。襲撃者たちが操る体術はジョーガの下にいる部族の者が拾得しているものでした」
「それは確かな情報なのですか? あなたの勘違いということは?」
 タケトーが小さくかぶりを振り、口の端で苦笑いを刻む。
「勘違いなどありえませんよ。私自身があの体術をかじったことがありますし、あれだけしっかり拾得している者はジョーガが使っている者たちだけです。あれは拾得するのが難しい体術なのです」
「そのジョーガという男はなんの目的でジュペをさらおうとしたのです?」
「そこまでは私にも判りません。あの男は母国シギナで動き回っているだけでなく、国外にも食指を動かしているらしいですからね。ジュペちゃんをさらうことで何か利益になることがあるのでしょう。あるいは、純粋に彼女の美貌からさらおうとしたかもしれません。あの男は裏で奴隷商をやっていますから」
 ゾワリと背筋に悪寒が走った。ジャムシードは奥歯を噛み締め、襲った嫌悪をなんとかやり過ごす。しかし、顔が強張るのを避けることはできなかった。
 見目麗しい子どもがさらわれたとき、待っている運命はむごいものである。この国の上流階級者に秘密裏に囲われて慰みにされるか、国外の貴族や娼館に売られるかだ。どちらの運命にしても親元に戻れる可能性は無きに等しい。
「これ以上は勝手な真似をさせはしない……。その男、どんな特徴を持っているのですか? すぐにでも手を打たねば今後も襲われるかもしれない」
 困ったように眉を八の字に寄せ、タケトーが肩をすくめた。
「残念ながら、ジョーガの素顔を知る者はほとんどいません。彼は公式の場に出るときは仮面を被っていますし、何人もの影武者を使っています。東方人特有の黄色い肌に黒髪、背格好は中肉中背。目立つ特徴はありません」
 何も判っていないということではないか。ジャムシードは苛立ちから小さく舌打ちした。ポラスニア王国に入り込んでいる東方人すべての正体を調べることは人数が多すぎて不可能である。どうやってジュペを守ったらいいだろう。
 だが不意に浮かんだ疑問にジャムシードは顔をしかめ、目の前の男を睨んだ。
「あなたはシギナの人間ではないのにジョーガという男に詳しいのですね。どういういきさつでその男のことを知ったのです? もしや体術をかじったことと関係しているのですか? その男と今も繋がりがあるのですか?」
 知らず身体が身構えている。体術を憶える課程でジョーガという男と知り合ったなら、タケトーは敵方の人間である可能性も捨てきれないのだ。
「そう仰るだろうと思っていましたよ。だから別室にお誘いしたのです。今からお話しすることは内密にお願いしたいことですから」
 足許が冷えるから、と部屋に設えられているベッドに上がるよう促された。寝具が取り払われ骨組みだけのベッドは丈の低い無骨な作業台と大差ない。腰を下ろして足を伸ばすと、丁度ストーブに足を向ける位置になった。
「さて、どこから話しましょうかねぇ。やはり私が何者か、からでしょうか」
 ジャムシードの隣に腰を落ち着け、ストーブに向かって手をかざすタケトーはどこか遠いところを見ている。
「私の家系であるハウラ家はギド商国では新参者なのです。祖父がシギナとチャザンの国境付近を根城にしていた部族の出でして、そこから逃げ出してギド商国に亡命したのが我が家の始まりということになっています」
 ジュペを襲った者たちの雇い主の話からどうしてタケトーの家の話になるのか、ジャムシードにはまったく判らなかった。だが話の腰を折ったところで、目の前の男がその気にならねばこちらの欲しい情報を話しはしないだろう。
「若かった祖父は傭兵から身を起こし、徐々にその力量を認められて海軍の船で働くまでになったんです。父の代になっても海軍での仕事を続け、幸いにも自分の船を持つほどの財力を蓄えました」
 私は船の上で産まれたんだそうですよ、とストーブにかざす指先をこすりあわせながらタケトーが笑った。間近で見るタケトーの目尻にうっすらと皺が寄っている。たぶん彼は見た目よりも年齢は上なのだ。
「船を持つようになってから、父は貿易にも手を広げましてね。息子である私たち兄弟もよく手伝わされました。海軍の仕事は以前より減りましたが、まだ続いています。……いえ、貴船主を名乗る限り続けていくことになります」
 なかなか話の筋が見えず、ジャムシードは内心で焦れる。それでも急かすことなく、タケトーの話の続きを辛抱強く待った。
「私がどうしてジョーガが雇う者と同じ体術を習ったのか、あなたは不審に思われているでしょうね。有り体に言えば、祖父がいた部族を滅ぼしたのが今ジョーガのいる部族で、その滅ぼされた部族が使っていた体術がジュペちゃんをさらおうとした者の使っているものだったのです」
 ジョーガのいる部族は当時滅ぼした部族の生き残りを体よく使っているのでしょう、と囁いた男の横顔をジャムシードは凝視した。
「あなたは父親からその体術を習ったのですね? だから知っていた、と」
「体術の初歩を教えてくれたのは祖父です。ですが、私はあまり筋が良くなかったもので。祖父が期待するほどの手練れにはなれませんでした。一家に伝わるこの話は酒に酔うたびに祖父から聞かされました。だから滅ぼされた部族のことは常に頭の隅にありましたし、仕事の傍ら情報は集めていたんです」
 首を揺らしながらタケトーが立ち上がった。ストーブにかけられた鍋の中を覗いて中身の具合を確認している。何気ない仕草であるが、彼の話に一段落がついたことは、話し終わった安堵がその横顔には浮かんでいた。
 淡々と語られているが、亡命者の一族が国の中核を成す軍の関係者として働くのは非常に危険が伴うはずである。本当に亡命してきたのか、ふりではないのかとまず疑われ、受け入れ先の国で足場を固めるために率先して危険な仕事を受けざるを得ない立場に立たされるものだ。
 孫の代となり風当たりは緩んでいるにしろ、タケトーの国元での立場は確固たるものであるかどうか微妙なものではないのだろうか。遠い異国の地で働いているという現実が、彼の立場の脆さを物語っていた。
「あなたが東方の体術を知っていた理由は理解しました。母国の海軍に絡んでいるなら、ご自分の素性をおおっぴらにしたくはないでしょう」
「ジャムシードさん、あなたは人が良い。まだ私の話が作り話である可能性も残っているのですよ。とはいえ、私の氏素性など隠したところで調べることは容易い。それを踏まえた上で、残りの私の話を聞いていただきたいのです」
 先ほどとは比べものにならない緊張感がタケトーの周囲に漂っている。これから聞く話はよほどの内容なのだろう。ジャムシードは居住まいを正した。
「まず初めに申し上げておきます。あなたの弟、サキザードさんですが、確かにあなたと見比べれば身内であることは疑いようがないでしょう。しかし彼の不安定な精神が落ち着くまではこの館への逗留をお許しいただきたい」
 なぜそんなことを、と一瞬だけ訝しんだが、ジャムシードはタケトーが言わんとすることを素早く理解した。サキザードを兄だ名乗る男に預けないということは、二人が裏で結託しているかもしれない可能性を示唆している。だから先ほどの身の上話を作り話かもしれないと言ってみせたのか。
 確かに記憶が戻らないままの不安定なサキザードを、ようやく慣れたであろう館から引き離すことは更なる情緒不安定に陥れることになりかねなかった。まして、長年一緒に暮らしてきた兄弟ではなく初対面に等しいのである。
 そして、ジャムシード自身が最も危惧しなければならないことがあった。サキザードがまともな記憶を持っていたなら……いや、記憶が戻ったのなら間違いなく、彼はジャムシードを殺そうとするだろう。
 あの神山カイラスの岩窟で向けられた殺気は冗談ではなかった。躊躇いなく見慣れぬ魔力を操って亡き主人の復讐を遂げようとしたのである。
 他にも引き取れぬ幾つかの事情があった。炎姫家の庇護下にある自分には弟を引き取るための家もなければ確固たる収入もない。さらに盗賊団“黒の隠者カラス・ファーン”のこともあった。
 頭目を降り、盗賊団を抜けたことは組織内に知れ渡っている。水姫公に目を付けられた以上、盗賊団に関わっていては組織の存在が露呈しかねなかった。上層部には抜けた理由を知られていても下部にまで行き渡ってはいないだろう。となれば、短気を起こした者の報復も予想できた。
 弟のほうが小柄だが顔立ちも似ていて見間違えられる可能性は高い。組織の人間はジャムシードに弟がいることを知らないのだ。一緒に暮らせばいざこざに巻き込まれるかもしれない。それにまだ兄として振る舞う自信もなかった。
 あれほど怯える弟が裏で良からぬことを画策しているとは思いたくない。だが記憶がないことを真実として受け入れても、一緒には暮らせそうになかった。
「判りました。確かにサキザードは不安定なようです。俺のほうこそ、面倒をおかけしますが、弟の世話をお願いします」
 館に一人くらい増えたところで問題ありませんよ、と気安く請け負うタケトーの鷹揚さにわずかに胸を撫で下ろした。世話をする代わりに何か要求されるかもしれないが、この館なら治安の面でも弟を預けるのに問題はなかろう。
「彼に仕事を頼もうと思っています。帳面を扱う仕事ですから人には逢いませんし、数字を計算する作業は適度な緊張感があって気が紛れるでしょう」
 もちろん働いた分の給金は出しますので、とジャムシードの懸念をあらかじめ潰すようなことを言う。それなら、と思いかけたところで、不意に相手の口車にまんまと乗ってしまったことに気づいた。
 ジュペの治療も頼み、これからの弟の世話や当座の仕事の斡旋まで頼んだとなれば、こちらの心理的には相当な義理が生じてしまう。ましてサキザードがタケトーの手の中にあるということは人質に取られたも同然だ。
 ジャムシードの顔が強張ったことに気づいたのだろう。タケトーが楽しそうに眼を細めた。うっすら持ち上がった口角と三日月型に細められた瞳は、昔見た覚えがある東方の操り人形によく似ている。
「俺に何をさせたいのですか? これだけのことをしてもらって無償というはずはありませんよね。何を企んでいるんですか」
「もちろん。私は見返りを求めない慈善家ではなく商人の端くれです。打った手に見合うだけの利益はあげますよ。あなたにお願いしたいことがあるからこそ、これだけの利益を提供しているのです」
 タケトーの視線がチラリとストーブ上の鍋に注がれた。この滋養薬も相応の値段がつく代物だということだろう。
「あまり構えないでいただけますか。何も盗って喰おうというわけではありませんから。私には無理でも、あなたには簡単なことをお願いするだけですよ」
「昔からタダほど高いものはない、と言います。あなたが簡単だという頼みが、果たして本当に容易いことなのか判らないでしょう」
「聞いてから判断してください。と言っても、聞かずに帰す気はありませんが」
 タケトーは明かり取りのために薄く開いた格子戸に歩み寄ると、そこから館脇の路地をグルリと見回した。ゆっくりと歪んだ口許は苦笑いを浮かべているのだろうか。それとも嘲りを浮かべているのだろうか。
「やはり尾行されていましたね。ジョーガはまだジュペちゃんを諦めていないようですよ。……ご覧なさい。斜向かいの館の路地に二人潜んでいます」
 言われた通りに格子戸の陰から覗くと、確かに東方人らしき人影が二つ、路地の端で佇んでいる。上流階級に出入りする商館専属の配達人のように見えた。
「あの二人連れ、東方の珍品を扱う商人のご用聞きではないのですか?」
「一見するとそう見えますが、さっきからずっとああやって路地をグルグル回っているんですよ。配達に来たにしては不自然でしょう?」
 ジャムシードを別室へ呼びに来る前にも確認しておいたらしい。荷を運び終えたら商館に戻るはずの者がいつまでも貴人街をうろついているのは確かに不自然だった。タケトーの言うことはもっともである。
「ジャムシードさん。あなた、王宮に出入りできるのですよね? しかも王議会にまで顔を出せる程度にはご身分がおありだ」
 内心はすくんだが、ジャムシードは表面上は平静を保って相手を見返した。
「この街で王宮に出入りできる者など大勢いる。上流階級の人間に顔を利かせて欲しいとお望みなら、俺はやめておいたほうがいい。貴族の中には俺のような平民出の役人崩れを嫌う者も多い。よけいな敵を作るだけだ」
「この国の貴族と知り合いになるのも面白いですね。しかし、私があなたに望むのはそんなものではありませんよ。王宮に出入りできて王議会に出席できるだけの人脈があればこそ、お願いしたいことなのです」
 タケトーの望みはあちこちの貴族に引き合わせ、商売をやりやすくしようという魂胆ではないのだろうか。遠い異国からわざわざやってくるだけの用件ならば、国益も絡んだ重要なことだろうに。
「ある人物と連絡を取っていただきたいのです。私には非常に重要なことで、それが果たせないうちは帰国は許されません」
「誰かを紹介しろと言っているんじゃないか。言い方を変えただけで……」
 タケトーが片手を挙げ、ジャムシードの言葉を押しとどめた。
「逢いたい人物は決まっています。しかし今の私個人の力では単身王宮に乗り込んでいって面会を求めても、門前払いを喰らう確率のほうが高い。いえ、逢ってはもらえるでしょうが、王宮では他人の耳目がありすぎます」
「良からぬ密談には王宮は不向きだというわけですか」
 結局、この男も裏で良からぬことを画策しようとしているだけの人物か。ジャムシードは一瞬でも目の前の人物を信用しそうになったことを後悔した。
「何も聞かずに引き受けてもらませんか。これは彼にも有益なことですから」
「誰です。その男は? 俺が知っている人物なら伝言だけはしましょう」
 利用されるだけで終わる気はない。タケトーが王宮に足がかりを得ようとしているのなら、紹介する人物を介して邪魔してやることも考えた。
「ナバのハヤヒト。黒い瞳以外は全身真っ白な姿ですからご存じでしょう?」
 聞き慣れない名前の次に挙げられた身体的特徴にジャムシードは凍りついた。
「その様子だとご存じなのですね。私が得た情報では、今の彼は王太子殿下の護衛官として働いている。王宮に出向いて彼に伝えてもらえますか」
 厭だと断られるなどとは微塵も考えていない口振りでタケトーが伝言を託そうとする。今度はジャムシードが手を挙げて相手の言葉を遮った。
「彼との関係をお訊きしたい。妙な輩を王宮に近づけるわけにはいかない」
 何も聞かずに、というわけにはいかなかい。タケトーが指名したのは王太子の間近にいる人物だ。彼と同じ東方人だからといって気を許すわけにはいかない。それでなくても今の王宮は王族派と元老院派で揺れているのだ。
「今この王国が彼を雇っているように我が国もかつては彼を雇ったことがある、と言えば判りますか? ポラスニアの王権に野心を持つ気はありませんよ。外交上の良好な関係を望みこそすれ、徒なす必要は我々にはないのです」
「彼にどんな用件が? 危害を加える気なら黙って見過ごせないが」
「彼が長年追っているものに関することです。今でも喉から手が出るほど欲しいでしょう。ですが、詳しい内容は彼に直接話します」
 情報を提供するだけでは終わるまい。タケトーは自らを商人と称しているのだ。何かしらの見返りがなければ動かない。まして故郷では海軍に関わっているなら、今回の用件が軍部の意向でないとは言い切れなかった。
 何を伝えようとしているのだろう。胸の奥で好奇心の炎が揺れていた。
「逢うのは秘密裏に、というのではありません。内密にしなければならぬほど、我々と彼との関係は後ろ暗いものではないのですから。彼に私が何者であるか訊ねてご覧なさい。その答えで今後を判断なさればいいのです」
 相手の言い分をどう捉えたらよいか迷ううちに、再びタケトーが口を開いた。
「あなたは貴船主がなんであるかご存じない。彼に訊ねなさい。私たちが逢ったいきさつも含めて、すべてを。逢うか逢わないかは彼が判断するでしょう」
 タケトーが口許に浮かべる微笑みは謎めいていて、語られる言葉以上に内心が読めない。まごつくジャムシードを手招きし、彼は廊下へと誘った。
「サキザードさんの部屋に案内します。今は眠っていますが、あなたの眼で無事を確認しておきたいでしょう? その後に昼食を摂りましょうか」
 相手の中では言付けが伝えられることは確定している。がしかし、それを受け入れることに抵抗を覚えながら、ジャムシードはこの小さくくすぶる好奇心に初めから負けていることを認めざるを得なかった。