黒竜街道物語
第八話:パチンコ
 町の佇まいが黄昏の中に溶け込もうとしていた。
 大通りを行き交う人々は足早に家路を辿り、待ちわびていた夕餉へと向かう。宿屋の中にある酒場には仕事を終えた男たちや旅人が集い、流れの吟遊詩人の即興詩に耳を傾けていた。
 二人連れの旅人が大通りを横切り、その宿屋の扉を押し開けて入ってきた。
 奇妙な風体の者たちだ。一人は十代半ばの少年で、真っ白な肌と髪が酒場のランプの光で黄金色に輝いて見える。もう一人は十にも満たない幼子だ。青白い肌に宵闇色の髪を持ち、血色の大きな瞳が好奇心にくりくりと蠢いていた。
「食事と寝床を……」
 少年は宿屋の亭主に銀貨を放り、酔客たちの間を縫って一つの食卓を占領する。後から続く子どもも当たり前のように向かい側の席についた。
 初めはジロジロと眺めていた他の客たちだったが、無口な二人連れにすぐに興味をなくし、自分たちの噂話に花を咲かせ始めた。
「だから森の猟師が見たって言ってるんだよ」
「まさか。そいつが酔っ払って見間違えたんだろう?」
「あいつは真面目な奴なんだ。猟の途中に酔っ払うもんか。絶対にあの森には天女様がいるのさ」
「天女なんかいるものか。もしもいるとすれば人を魅了して魂を吸い取っちまう恐ろしい化け物さ」
 酔っ払って大声で噂話をする男たちの周囲に人垣ができた。ここ最近になって広まった森の泉に現れる不思議な少女の噂で持ちきりだ。ある者はその少女を天女だと言い、ある者は魔物だと言う。
 喧噪は大きくなり、宿屋の亭主の呼び声も掻き消すほどの大論争が沸き起こっていた。妖かしの少女の正体に皆、持論を主張しあって譲らない。
 酒場の中でこの論争に加わっていないのは先ほどの奇妙な二人連れだけだ。他の客たちは声を張り上げて激論を戦わせている。もっとも、酔っ払いどもの論争に決着がつくことなどありえないのだが。
 旅の二人連れは食事を終えるとサッサと宿の二階に上がっていった。他の客たちのように議論に加わる気はないらしい。
 部屋に案内され、亭主が階下に降りていってしまうと、二人連れはおもむろに窓を開け、黒々と伸びる黒竜街道の遙か向こうに見える森を見渡した。
「噂通りならあの森の奥にいるということなるな。どうする? 行くのか?」
 少年の口調は平坦で、尊大だった。冷たくはないが温みもない声音に、窓枠によじ登っていた子どもがジロリと振り返る。
「当たり前だ。やっと掴んだ手がかりを逃してなるものか。儂一人でも行くからな」
 少年の口調以上に尊大な態度で子どもが赤い眼をすがめた。ふっくらとした頬や幼い仕草と子どもの口調や態度の落差は、見る者が他にいたとすればきっと呆気にとられたであろう。
「誰も行かないとは言っていない。ただ相手がいつ出てくるのか判らないし、町の連中に気づかれないように出掛けないと後から質問攻めに遭う。うるさくされるのはご免だ」
「判っておる。そのための準備も万端だ」
 窓枠から滑り降り、子どもはベッドに放り出してあった荷物袋に近寄った。しっかりとしばられた口紐を小さな指先で解き、ズルズルと中身を引っぱり出して床の上に並べていく。
「なんだ、それは?」
「パチンコだ」
「……は? ぱちんこ?」
 訳が判らないといった表情の少年を無視して、子どもは並べた材料を器用に組み立てていった。てらてらと光る金属の杭を天井近くまで組み上げ、広帯のように太い皮を金属棒の間に結びつける。
「ま、こんなものだろう。準備はいいか?」
「準備もなにも。何をすればいいのか判らない」
「自分の得物だけは持っていけ。帰りはここの外壁をよじ登ってもらわなければならんのだからな」
「パチンコってのは行きの道しか確保してくれんのか?」
 少年が自分のこめかみをグリグリと押しながら顔をしかめた。眉間に寄った皺の原因は、指先でこめかみを押している痛みではないだろう。
「パチンコは出たら出っぱなしだ。帰りは自力と決まっている」
「使えない道具だな、まったく」
「行きは使える。つべこべ言わずにサッサとこっちにこい」
 少年は不満顔のまま不遜な態度の子どもの隣りに立った。彼には他に選択肢がなかったのだ。
「儂の肩に掴まっておれ。飛び出すときの勢いが強いから手を放すと地面まで真っ逆さまだぞ」
「なんでもいいからサッサとしろ。どうせお前の使う道具はろくな出来じゃないんだから」
 子どもがムッとした表情で少年を振り返ったが、気忙しいときの口論は無意味だと知っているのか、すぐに元通りの顔に戻って自分の身体に太い革ひもを巻き始めた。
 隣の少年も真似をして革ひもを腰に当てるが、身長差があってどうも上手くいかない。
「儂よりお前を基準にしたほうが飛びやすそうだな」
 少年の様子に子どもは口をへの字にした。身長差のことを考えていなかったようだ。自分の身体に巻き付いていた革ひもを外すと、今度は少年にあわせて革ひもを巻き始める。
 一通り終わると、子どもは少年の肩の上に器用に這い上がってしがみついた。
「いいか、三、二、一で飛び出すからな。腹に力を入れておけよ」
「判ったから早くやれ。背中に革ひもが食い込んで痛い」
 ブツブツと不平を漏らす少年の首にしがみつくと、子どもは最後まで手に持っていた棒を足下に向かって放り出した。
 棒がカラランと乾いた音を立てる。奇妙な機械がグラグラと揺れ動き、放り出した金属棒が周囲の革ひもに当たると、ギリギリと軋みを立てて縮んでいった。
「三……、二……、一!」
 子どもの囁きに少年は歯を食いしばる。次に襲ってくるであろう衝撃に耐えるためだ。
「出るぞ!」
 背や腰を叩きのめされているような勢いで革ひもが収縮した。逆らうなど到底無理だ。窓枠ギリギリをかすめて外に放り出され、少年と子どもは空高く吹っ飛んでいった。
 辛うじて悲鳴を呑み込んでいた少年だったが、ぐんぐん近づいてくる街道の黒光りに眼を見開いて青ざめた。このままだと街道の石畳にぶつかってしまう。
 悠々と空の散歩を楽しむような余裕もなく、少年は肩にしがみついている子どもを抱えた。と、次の瞬間には街道の石畳を上を勢いよく転がっていく。
 石の割れ目に降り積もった砂埃がもうもうと噴き上がり、夜の闇の中で白い土煙を上げた。
「畜生! なんて乱暴な道具だ。当たり所が悪かったら、間違いなく首の骨を折っているぞ」
「いででで……。飛距離は申し分ないが、照準に難が残っているようだな」
「……ちょっと待て。あれは完成品じゃないのか!?」
「前の街の骨董屋で手に入れた試作品だ。……え〜っと。なんとかいう発明家が作った品だと言っていたな」
「それは試作品じゃなくって、失敗作というガラクタだろうが!」
「そう細かいことを言うな。ほれ、森はもうすぐだ。サッサと行くぞ」
 こめかみに青筋を浮かべる少年を無視して、子どもはスタスタと先に立って歩いていく。その後ろを慌てて追いかけ、少年は口の中で何度も悪態をつき続けた。
「奥の泉までどれくらいかかるかのう?」
「知るか。森に入ったらフクロウにも聞いてみろ!」
「……フクロウでは背に乗れないな。狼でも出てくれたら案内させるのだが」
 薮の中を進む子どもの黒い頭と少年の白い背中が昇ったばかりの月に照らされてぼんやりと輝いている。奇妙な二人連れの声が木々の幹に反響して森の中はクワンクワンと騒音が鳴り響いていた。
「今度こそ手がかりを捕まえて、あいつのところへ帰るぞ〜!」
「そう言い続けて何回しくじったんだ? もういい加減に数えるのにも飽きてきた」
「うるさい。儂の故郷に帰れたら、お前も少しは楽ができるではないか。最初の約束通り、故郷まで連れていけ!」
 さすがに子どもの尊大な口調にムッとしたのか、少年の黒い瞳がスゥッと細められる。表情のなくなった顔の中で、眉間の皺だけが異様にクッキリと浮かんでいるように見えた。
「だったら確実な手がかりを見つけないか、このクソガキ!」
「キィッ! 儂は子どもではないといつも言っているだろうがぁ!」
「ガキをガキと言って何が悪い!」
 前を歩く子どもの首筋を掴み上げると、少年は子どもの小さな身体をヒョイと自分の肩に押し上げる。
「ガキじゃないのなら、せめて肩車できないくらいまででかくなれ」
「うるさい、うるさい、うるさーい。もう二度と助けてやらんぞ!」
「けっこうなことだ。あのパチンコみたいな妙な道具を試されるくらいなら、獣との乱闘のほうがよっぽどマシだな」
 今度は子どものこめかみに青筋が立っていた。頬を引きつらせる子どもの指が少年の結い上げた白髪を引っ張った。
「髪の毛をむしってやるっ!」
「お仕置きに尻をひっぱたかれたいか?」
 止めどなく続く言い合いがいつしか森の奥へと消えていった。往きすぎていく喧噪に応える者は互い以外どこにもいない。
「こ、この! この、この……! 無礼者がぁっ!」
「子どもに向かってどんな口をきけと? おや。あちらから水の匂いがするな。この話は終わりだ」
「勝手に話を打ち切るな。儂の言うことを少しは聞かんかぁ!」
 二人のたてる騒音が去るまでのわずかな間、木々の枝は突然の喧噪に身体を震わせ続けた。
「まったく、うるさい奴だなぁ」
「故郷に帰ったら百倍にして仕返ししてやるからな。憶えておけ!」
 その後、二人が目的の場所にたどり着いたのか、自分たちの探す手がかりを掴んだのかは誰も知らない。ただ、この闖入者のお陰で、夜を餌場にする獣たちの狩りは散々だったに違いない。

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